第22話 姫白さんのお母さん 2
一般的に考えたら、付き合ってもいないのに頻繁に家に通うなんて、あり得ないんだよな。やっぱり……。
「
「そ、そう言っていただけて、良かったです……」
本当に良かった!
今の数秒間は生きた心地がしなかった。心臓が飛び出そうになるとはまさにこの事。
「実は私、前からお話してみたいと思っていたんですよ。大路君と」
「えっ、俺とですか?」
「麻帆は大路君の話しを私によくするんです。それも、すごく楽しそうに」
「姫白さんが……」
いつの間にかテーブルで鼻歌を歌いながらバイトの応募用紙にペンを走らせている姫白さんの事を見た。
「ふふん、ふ〜ん」
その様子からかなり上機嫌なのが窺える。
姫白さんが俺の話をお母さんにしてくれているのか。俺がいない所で俺の話題を出してもらえるのは普通に嬉しい。
「麻帆から男の子の話しを聞くのは初めてで、私もずっと興味があったんです」
「初めて……」
それを聞いてさらに意識してしまう。
かという俺も、こんなにも意識したのは姫白さんが初めてだ。
「だから、今日こうしてお話できて嬉しかったです」
「俺も姫白さんのお母さんと話せて良かったです」
「ふふっ、私も姫白さんなんですけれど」
「あっ、えと、
「あら、娘よりも先に名前を呼んでもらえるなんて」
「あっ、いえ、その……」
「おーかーあーさーん! あまり大路君を困らせないで!」
俺の反応を見た姫白さんが近くまで来てそんな事を言った。
離れた場所にいたのに、かなり耳がいいな姫白さん。
「あらら、また怒られてしまいました」
「あ、あはは」
再び姫白さんがテーブルに着くのを確認して俺も電話越しに相槌を打つ。
「麻帆が楽しそうでなによりです。大路君も、機会があればぜひ家にも遊びに来てくださいね」
「はい。必ず伺います」
そんな機会、本当にあるのかと思うが。ここは有り難く招待を受けよう。
気がつけば、緊張はなくなり自然と妃咲さんと話せていた。
直接顔を合わせていたらこうはいかなかっただろうが、今後の事を考えれば俺も電話越しとはいえ話せて良かったと思う。
「ふふふっ」
「どうかしました?」
何やら笑い声が聞こえ、妃咲さんに聞く。
「いえ、なんだか今の大路君の言葉は、まるで結婚の挨拶前みたいな感じで面白いなと思いまして」
「んなっ⁉︎ け、結婚!」
どう返せばいいのかわからないことを言われ、スマホを危うく落とし掛ける。
お、俺が、姫白さんと……。
俺の視線に気付いた姫白さんは、こっちを見て可愛らしく小首を傾げる。
前に姫白さんも似たような事を言っていたけど。やはり、親子だから似た発想なのだろうか。
「ふふふ、ごめんなさい突然。こんな事言われても困りますよね」
「ちょ、ちょっと驚きました」
必死に平静さを取り戻そうとするが、心臓はドキドキしたままだ。
付き合ってすらいないのに、突然そんな事を言われたら誰だってびっくりするだろう。
「冗談は置いといて、最後に一つ大路君にお願いがあるのですがよろしいですか?」
「な、なんでしょう」
急に声色が真面目な空気を纏ったので、俺は無意識に背筋を伸ばす。
「麻帆のことです」
な、なんだろう。姫白さんの事でお願いって。
「あの子……。麻帆も色々と考える事があるみたいで、もしもまた、麻帆が助けを求めた時は力になってあげてほしいんです」
「えっと、それはもちろん力になりますけど。俺が……ですか」
「はい。今も助けてもらってるのに、烏滸がましいことだと思いますけど」
「それは全然いいんですけど。妃咲さんでは、駄目なんでしょうか。お二人とも仲が良く見えますけど」
俺の想像よりも家族間の仲……。特にお母さんとは良さそうなのに。
「高校に上がってから一緒に過ごす時間は少なくなりました。今は朝の早い時間、麻帆を学校に送り出す数十分の間だけです。夜は帰りが遅くてあまり顔を合わせませんし」
それを聞くと、少し申し訳ない気持ちになるな。
「でも、麻帆は家に居たくないみたいで。だから、私が麻帆に何かあった時、側にいれないこともあると思うんです。そんな時、大路君が支えになってくれたら私も安心できます」
姫白さんは高校に入ってから夜中に出歩くようになったと言っていた。という事は、現状妃咲さんよりも一緒に姫白さんといるのは俺だ。
学校に放課後、一緒にいる事が多い俺の方が、その分、彼女の側にいる時間も必然的に多くなっているという事。
それを妃咲さんも気にかけていたのだろう。姫白さんの側に、誰かがいて欲しいとそう思って。
出会って数分。いや、実際に会って話してはいないけど……。それでも俺を信用できるとまで言ってくれた妃咲さんの期待に、俺は応えたい。
これからも姫白さんの助けになれるように、頼ってもらえるような友達に、俺はなりたい。
「わかりました。俺にできる事は少ないかもしれませんが、姫白さんの友達として、お約束します」
「ありがとうございます。大路君」
その言葉を最後に、妃咲さんとの電話は終わりを迎えた。
友達……か。
それ以上の関係になれたらって思うのは、ちょっと欲張りだよな。
俺は、自分の気持ちに変化が現れている事に気づき始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます