第13話 一人暮らしの理由


「うっわ! この肉じゃがやばいね!」


「口に合わなかった?」


「そんな事あるわけないじゃん。美味しすぎるって事。大路君ってもしかして天才?」


「そこまで褒められると照れるな」


 料理は完成し、俺と姫白さんは夕飯を食べる事に。


 普段の味付けは適当だけど、姫白さんに食べてもらう事を考えるとそうもいかない。

 何度か味見を重ねて完成させるに至ったのが今日の夕飯である。


 そんな肉じゃがに俺も続いて一口食べてみる事に。

 香ばしい肉の香りとじゃがいものホクホクとした旨みが口いっぱいに広がる。


 うん、確かにこれは美味い。

 それほどに今日の料理は上手くできたと思う。


「まだ沢山あるし、良かったら少し持って帰る? 姫白さん」


「えっ、いいの?」


「うん。帰りにタッパーに入れて渡すよ」


「やった。ありがとう」


 幸せそうな顔でそう言われると、胸が高鳴る。

 誰かに料理を振る舞うなんてそうそうないから、これだけ喜んでもらえると有り難い。

 頑張って作った甲斐があったな。


「ねぇ大路君。ちょっと話変わるんだけど」


 食事を進めていると、姫白さんが言った。


「昨日は話すのに夢中で聞きそびれちゃったことがあって、聞いてもいい?」


「ん、いいよ。なに?」


 なんだろう。昨日は色々とおしゃべりしたけど何か気になる事でもあるのだろうか。


「大路君はさ、どうして一人暮らしをしているの?」


「……あっ、そういえば言ってなかったね」


 昨晩の事を思い返すとそれ以外の話題で持ちきりだったからな。


「上京してきたとか?」


「うーん。半分正解」


 一人暮らしの理由。

 それを話すには一体どの辺りから話せば良いのだろうな。


「俺さ、両親が居ないんだけど」


「えっ……」


 それを聞いて深刻そうな表情を姫白さんは浮かべる。


 いきなりこんな事言われたら驚くのも無理ないよな。

 姫白さんだってそんなつもりで聞いたんじゃないだろうし。


「ご、ごめん! 私なにも知らなくて、失礼なこと……」


「いいよ。俺が話してなかったのが悪いんだから気にしないで」


「でも、」


「じゃあさ。代わりに最後まで聞いてくれるかな俺の話、一人暮らしの理由をさ。少し長くなるんだけど」


 テーブルに箸を置いて首を縦に振る。

 覚悟を決めた、そんな瞳をしている。


 俺は、一呼吸置いてからゆっくりと昔の事を話し始める。


 誰かに自分から話すのは初めてかもしれない。

 幼馴染の雪にさえ俺から話した事はない。

 というより、先に引っ越した雪に話す機会がなかったからな。


 とりあえず、最初に伝えるべき事は。


「俺には、生みの親と育ての親がいるんだけど――」


 それに気付いたのは、中一の夏。


 家の倉庫を掃除していた時の事だった。倉庫の中で、とある事故の記事を俺は見つけた。

 そこには当時からおよそ十一年前の事故の内容が記載されていた。


 若い夫婦と幼い赤ん坊の三人家族が巻き込まれた寒い冬の山道での事故。道路凍結によるスリップ事故だった。

 夫婦は息を引き取り、車内で大事に母親に抱えられていた赤ん坊だけが唯一生き残ったとそう記されていた。

 そして、その生き残った赤ん坊の名前が大路真人おおじまこと


 ……俺の事だった。


 そこに出てきた夫婦こそが俺の生みの親、本当の両親である。だけど、本当の両親についての事は、まったく覚えていない。

  ……酷な話かもしれないけど。それは仕方のない事だと、俺自身も思っている。赤ん坊の時の事なんて、覚えていられるわけがない。


 それでも、亡くなった両親のおかげで、怪我もなく奇跡的に今こうして生きていられたのだから。俺を守ってくれた本当の両親には感謝している。


 そして記事を見つけたその日に、当時から俺を中学の卒業まで育ててくれていた父と母。育ての親である両親から、その全ての話を聞かされた。


 俺を幼い頃から育ててくれた父さんと母さん。その二人は俺にとっての叔父と叔母にあたる方達だった。


 俺を育ててくれた父さんと、事故で亡くなった母親が兄妹だったんだそうだ。

 事故があった後、子供のいなかった二人が俺の事を引き取ってくれたのだという。

 今思えば俺にその事を話さなかったのは、悲しい思いをさせないためだったんだろうな。


 真実を聞かされ時、「今まで黙っていてごめん」と、父さんたちは俺に何度も何度も頭を下げた。


 当時の俺はまだ中学校一年生。

 小学校を卒業したばかりの俺に突然として突きつけられた現実は、正直荷が重かった。


 だが、二人が本当の親じゃなかったとしても、何度考えたって俺にとっての父と母はあの二人しか思い浮かばなかった。

 戸惑いはあれど怒りなどは全くない。隠していた事を恨む気も全く起きない。


 俺は、二人の本当の子供じゃない。けど、俺にとっての両親は今の父さんと母さんだと改めて受け入れたのである。


 二人は大事に俺を育ててくれて、本当の息子のように俺を可愛がってくれた。

 感謝や恩はあっても許せないことなど、あるはずがなかった。


 そして中学三年生の時に、俺は一つの決心をする。

 それが住んでいた家を出る事。

 つまり、育ての親二人から離れるという事だ。


 当然二人が嫌になったとか、一緒に住みたくなくなったからとか、そういった理由ではない。


「一言で言えば、俺の我儘……かな」


 俺には本当の両親が残してくれた遺産があった。

 けれど、育ての親二人はそれには一切手をつけずに自分たちの貯金を使って俺の養育費に充てていた。

 たぶん、俺を本当の子供と思って育ててくれた事が故の事だったんだろう。


 俺は、そんな二人に恩を返さなくてはいけないと中一の夏からずっと考えていた。それこそ、一生を賭けるくらいに。


 俺は、俺を育てるために使ってくれたお金を返したかった。

 本当の親の残してくれた遺産を譲渡するとかではなく、俺自身で稼いだお金で二人に恩返しをしたいと、そう思うようになったのだ。


 それで一人暮らしを選んだ。高校のうちから家を出て一人で暮らして行く道を。


 義務教育が終わって高校生にもなればバイトをして自分でお金を稼げるようにもなるし、頑張れば自立だってできる。

 だからこそ、入学して即バイトをする事が許可されている南沢高校を受験した。

 特待生を狙っているのもその一環だ。


 だが、学生のうちに稼げる金額にも限度がある。実際全て返せるとしても社会に出てからじゃないと無理だろう。

 それでも俺は、自分一人で暮らしてバイトをする事を決めた。二人を少しでも早く楽にしてあげたかったのだ。

 そうして、中学卒業と同時に一人暮らしをスタートさせた。


 ちなみに今の家賃や学費はその遺産から支払われている。

 一人暮らしをする事は俺の勝手だ。遺産の所有権も俺にある。それなら、使わない手はないだろう。

 亡くなった二人も、俺の覚悟に納得してくれているはずだ。それとも、あまりにも勝手すぎて呆れられてるかな。

 でも、父さんたちにはこれ以上の迷惑はかけられないし、かけたくない。


 当然最初は反対されたし、心配もされた。

 しかし、俺の気持ちを最後まで聞いた二人は、条件付きではあるが最終的には俺の意思を尊重して承諾してくれたのだ。


 その条件は、二つ。

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