第45話 一つ目の贈り物


 俺は、その内の一つを手にする。


麻帆まほ。実は俺も渡したい物が二つあるんだけど」


「二つも!?」


 そりゃあ驚くよな。普通お礼といったらせいぜい一つくらいだろうから。


 でも、最初のこれはお礼と言って良いものか俺にも分からない。いや、むしろ余計なお世話に思われるかもしれない。


「……うん」


 俺はまず最初に、手紙が入った黄色い封筒をテーブルの上に出した。


「これは?」


 その手紙を不思議そうに見つめる麻帆。

 彼女は俺の予想通りの質問を投げかける。


「ごめん麻帆。最初に謝らないといけないんだけど……」


「えっ、どうして?」


 そう疑問を持った面持ちで俺と手紙を交互に見る。


「これ、真人まこと君から私にって事?」


「いや、俺が持ってたけど、正確には俺からじゃなくて麻帆のお姉さん……あかねさんからの手紙」


「……えっ」


 想像していなかったのだろう。

 会話の中から出てくるとは思えない名前に麻帆は絶句した。


「前に、偶然茜さんと会った時に頼んだんだ」


「偶然?」


「そう、元々はゆきと会う機会があったんだけどその時にね」


 幼馴染の白瀬しらせ雪。彼女と会う約束をした事が今の手紙の件に繋がったんだ。


 その会う約束の内容が麻帆とのデートについての相談で、というのは小っ恥ずかしくて言えない。それだけは伏せておこう。


「もちろん、麻帆が茜さんの事をお姉さんとしてまだ好いている事とかは言ってない。ただ、麻帆が茜さんとの今の関係を気にしている事だけは伝えたんだ」


「ど、どうして……」


 当然の疑問だ。

 麻帆も俺に何かお願いしたいからあの話をしたわけでもないし、俺がこんな事をすることも望んでなかっただろうから。


「……それは」


 ……麻帆はたぶん、俺の事を嫌いになるかもしれない。


 これは、俺が自分勝手な行動をした罰だ。それに覚悟の上でもある。


「麻帆から茜さんとの事を聞いた時。どうしても麻帆の抱えているものを少しでも軽くしてあげたいと思ったんだ」


「真人君……」


「俺はただの友達だし、そんな事は頼んでないって思うかもしれないけど……」


 呆然と聞く麻帆に俺は素直に気持ちを込めて伝える。


「俺は助けたいって思ったんだ。少しでも力になれるなら、例えそれが君に嫌われてしまうような事であっても」


「きっ、嫌いになんてならないよ!」


 麻帆は下を向く俺にそう言った。

 けれど、俺は続ける。


「たとえ今はそうでも最初に謝らせて欲しい」


 茜さんからの手紙によっては、その気持ちも変わってしまうかもしれない。


「それなら、この手紙を受け取るのは……」


「いや、俺は麻帆に読んでもらいたい。読むべきだと思ってるよ」


「真人君、どうしてそこまで……」


「手紙の内容は分からないし、もしかしたら麻帆が傷つく可能性だってある。許せない事なら罵倒してくれて構わない。けれど、俺は麻帆が茜さんとの事に悩み続けていて、少しでも状況が変わるならそれが一番良いと思ったんだ」


「……だから、お姉ちゃんに頼んでまでこれを?」


「うん……」


 本当に関係が悪化するような事が書いてあるのだとしたら、見ない方が一番良いけど。そんな内容、あの優しい茜さんが書くはずがない。

 そもそも手紙をわざわざ書いてくれる時点で、麻帆にとって、もしかしたらという可能性が芽生えてくれるはずだ。


 俺はその可能性に賭けたい。


「…………」


 俺はそう信じて、ジッと手紙を見続ける彼女を静かに見守った。


「……真人君」


「うん」


 しばらくして、麻帆が俺の名前を口にした。

 俺はゆっくりと話し出す彼女の言葉を待つ。


 どんな事を言われようと自業自得なんだ。

 例えこの関係が壊れてしまっても、悔いは残したくないとそう決めた。


「真人君は、一つ勘違いしてるよ」


「えっ」


 しかし、俺の覚悟とは裏腹に麻帆は優しい表情を浮かべる。


「真人君の事、嫌いになるわけないじゃん。ていうか、無理だよ。ここまでしてくれる人のこと嫌いになるなんて絶対に無理」


 彼女はどこか嬉しそうにそう言った。


「話を聞いて分かったよ。真人君が必死になって頑張ってくれた事」


 どうして、そう言ってくれるんだろう。

 麻帆は茜さんが自分のことをどう思ってるのか全く知らないんだぞ? なのにどうして、そんな顔を俺に向けてくれるんだ。


「どんな事が書かれてても大丈夫。私には、こんなにも私を気遣ってくれる真人君がいるんだから」


「……麻帆」


 そこでようやく気付かされる。

 彼女の俺を想う気持ちは分からない。

 でも、今まで大切に思っていたお姉ちゃん。茜さんが急に態度を変えて自分から離れていった。


 そんな誰にも頼れない状況の中で現れたのが俺。


 都合よく言えばそうなんだろうけど。麻帆にとって俺は、もうすでに彼女の支えになれるくらいの存在になっていたという事……なのかな。


「真人君、本当にありがとう。お姉ちゃんに頼んだって事は相当無理したんじゃないのかな?」


「ゔっ、ま、まぁ、その話はいいよ」


 正直、人前で土下座をする事がどれだけの事か。あの日身に染みて分からされたからな。


「ふふっ、じゃあ。開けるね」


「うん」


 麻帆は手紙に手を伸ばして、その封を切った。

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