第44話 いつも通りに

 

 山登りデートを終えて、マンションへと帰って来た俺たちは部屋での夕食を共にしていた。


「せっかくの外出だったのに、本当に夕飯は家で良かったの?」


 俺は、反対の席で美味しそうにもぐもぐと口を動かしながら幸せそうな表情を浮かべる麻帆に聞く。


「真人君は嫌?」


「そんな事ないよ。麻帆の料理は俺も大好きだけどさ……」


 デートなら夕飯はどこかお店でもと思っていたのだけど、昼に弁当を提案した俺に対して麻帆は夕飯を俺の家で食べたいと言ってくれたのだ。


 つまりそれは、いつもの日常と変わらないという事だ。


 俺としては外でも良かったんだけど。

 ここは麻帆の意見を尊重する事にした。


「うん! だって、いつも通りが私は良かったから」


 前に拓也が俺と麻帆が普段の家での事はお家デートだって言ってたけど。まさにその通りなのかもしれない。


「いつも通り……」


 彼女にとっても俺の家での事はデートと同じ、という事か。

 それなら、夕食の時間を俺の家で過ごしたいというのも頷ける話だ。


「確かにそうかもな」


「でも、ちょっと我儘言っちゃったかなって少し後悔もあるんだ」


「えっ」


 俺が自分の皿にある肉じゃがを食べ進めていると、麻帆がそんなことを口にした。


「だって、真人君の言うとおりデートなら普通外で食べるでしょ?」


 それは俺が最初に考えていたのと全く同じ意見だった。


「それに、いくらこの場所を私が好きだって言っても、ここは真人君の部屋だし頼ってばかりで申し訳ないというか」


 ……麻帆、まだそんな風に思ってたのか。


「でも、今更な気もするけどね」


 そう言ってペロリと舌を出して悪戯に笑う。

 俺の予想より気に病む様子ではないけど、申し訳なく思っている気持ちは本当にあるようだった。


 いくら俺の部屋に通う事に慣れても、そういう気持ちはどうしても抜けきれないんだろうな。


「……俺は嬉しいよ」


 ふと俺は呟きかける。


「真人君?」


 麻帆からの言葉。それは俺にとって一番嬉しい言葉でもあったから。


「最初は俺に頼る事を申し訳ないとだけ思ってた麻帆が、気持ちが抜けきれてないとはいえ、頼ってくれるようになった事が俺は素直に嬉しい」


「そ、そうかな」


「そうだよ。それに、この肉じゃがも美味しいし」


 今日の晩御飯は全て麻帆が用意してくれた。

 自分だって山登りをして疲れているだろうに、俺の事を労って料理は任せて欲しいと率先して取り掛かってくれたのだ。

 しかも、事前に材料も準備してくれていたらしい。本当によく出来た子である。


 そのせいもあってか、彼女は帰りの電車の中で、俺の肩にもたれ掛かり駅に着くまで眠っていた。

 最近は俺の中で薄れてきていた彼女の呼び名、「お昼時のシンデレラ」。それを彷彿とさせるかのように、それはもうぐっすりと眠っていた。


「そういえば、初めて麻帆に俺が振る舞った料理も、肉じゃがだったよね」


「うん! よく覚えてるね」


「そりゃあ覚えてるよ」


 あの辺りの事はインパクトが強すぎて忘れる事などできないだろうからな。


「でも、今では自分で作れるくらいには成長したよ。真人君にはまだ敵わないけど」


 そう自信なさそうに言う麻帆。

 俺個人の意見としては、俺が作る物よりも美味しく感じるけどな。


「麻帆も十分料理上手だよ。レシピ見ただけで完璧に作るなんてそう簡単じゃない」


 麻帆はレシピさえあれば基本何でも作れてしまう。当たり前のような事だけど、手間や時間を考えれば余程意欲がない限りはそんな事できない。

 それは麻帆にとっての才能だと俺は思っている。

 何事にも一生懸命。それが勉強にも活きているのではないだろうか。


「ありがとう。これはね、私からのお礼でもあるんだ」


「お礼?」


 麻帆が少し照れくさそうに言う。

 そんな可愛らしい姿につい視線を向け続けた。


「今日のデートに誘ってくれた事と、今までのお礼も兼ねてるんだけど」


 俺はゆっくりと話す彼女を愛おしく感じながら次の言葉を待つ。

 やばいな。最近はどんどんと彼女の可愛いところを見ている一方で、そんな視線を向けられると胸が苦しくなる。

 こんな気持ちになるのなら、さっさっとってしまうべきなんだろうな。


「今までって言っても、まだまだ足りないから返し続けるつもりだけどね」


「いや、そんな事は気にしなくていいのに……。俺だって見返りが欲しくてしてるわけじゃないんだし」


 それは麻帆も分かってるだろうけど。


「うん、それは知ってるよ。真人君は優しいから」


 案の定、理解していると彼女は頷く。

 ではどうしてそんなことを……。


「それでも、真人君のおかげで私がこれだけ成長できたって事を証明したかったんだ」


 それを聞いて、俺は気がついた。


「もしかして、今夜のメニューを肉じゃがにしたのは」


「うん、その気持ちがあったからだよ。まさか真人君もあの時の事を覚えてるとは思わなかったけど」


「それはそうだよ」


 忘れるわけがない。麻帆が初めて俺の手料理を褒めてくれた時の事は鮮明に覚えている。


 家族以外に自分が作ったものを振る舞うのはあの時が初めてだったからな。


「だからね真人君。いつもありがとう」


 笑う彼女の顔を見て、好きな感情で一気にその気持ちが心一杯に広がる。この気持ちを言葉にすれば、どれだけ楽な事だろう。


 ……しかし、そんな俺にも麻帆に贈りたい物があった。

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