第43話 電話と手作り弁当と


 このタイミングで連絡をしてくる相手を、俺は最初から分かっていた。

 とはいえ、本当に絶妙な時間帯だったけど……。


「もしもし」


『あっ、大路おおじ君?』


「……はい」


『えっ、何その返事? もしかして上手く行ってないの?』


「いえ、そんな事は……」


 なんというか、電話して来てもらってるのに正直な気持ちを言うのは申し訳ない。


『そう、なら良いけどさ。とりあえず、頼まれた通りにしてきたよ』


 スマホから聞こえる声に、複雑になった気持ちを抑えながら応答する。


「はい、ありがとうございます。


『でもさ、本当ずるいよね』


「ずるかった……ですかね」


『そりゃそうだよ。まさかあんな大勢の前で土下座までして頼むなんてさ』


「……すみません」


『あんな事されたら、あのまま帰るなんて普通はできないでしょ』


 そんな事ないと思うな。嫌ならあしらえば良いだけだし、やっぱり茜さんは優しい人なのだ。


「本当すみません。俺の我儘で休みの日にまで外出してもらって」


 俺は申し訳なさそうに、ベンチから景色を眺める麻帆まほの様子を見て言った。


 そう、俺はデート前のファミレスの一件で茜さんにとあるお願い事をしていたのだ。

 それも、今日のデートと同じ日に。いや、この日じゃないと駄目なのだ。


『別にいいよ済んだことだし。それに、君の覚悟は改めて伝わったからさ。あとはご自由にって感じだし』


 そうだ。今日のこの日は俺たちのデートだけが全てじゃないんだ――。




「ごめん、おまたせ」


「あっ、電話終わった?」


「うん」


 電話が終わり、麻帆の元へと戻ると何のようだったのかと問われたけど、それとなく誤魔化しデート中に他の誰かと電話したことを謝罪した。


 麻帆はそんな事全然気にしないと言って、すでにお昼の準備に取り掛かるべく、リュックの中から布製のバッグを取り出していた。


「それが麻帆が用意してくれたお弁当?」


「うん、何度も味見したから大丈夫だと思うんだけど」


「何度もって……。それじゃあ相当早起きしたんじゃないの?」


「えへへ、いつもの事だし大丈夫だよ」


 そういえば、麻帆はいつも早い時間から学校の図書館で勉強しているんだったな。


 だからって休みの日までそんなに頑張らなくても……。と、思ったところで今朝の自分を振り返る。


 ……まぁ、俺も人の事は言えないか。


「じゃあ、俺も」


 そうして、俺も自分のリュックから麻帆に向けて作ったお弁当箱を取り出した。


 互いに料理は作っても、それをお弁当にするのは今日が初めてだ。一体どんな物なのか、今からワクワクが止まらない。


「はい。口に合うと良いんだけど」


 今更だが、俺はお弁当というものを誰かに振る舞うのは初めてだ。

 いつも学校でのお昼休みは自分で作ったお弁当を食べるが、普段の食事の余り物を詰めているだけ。

 たまに前の席の拓也たくやが摘み食いをしてくるが、女の子に食べてもらうなんて初めてだ。


 よく恋愛ドラマとかだと、彼女が彼氏にお弁当を作るシーンを見かけるが、その逆のパターンは珍しいかもしれないな。


「わぁ!」


 麻帆は俺が渡した包みを開けて、長方形の形をしたお弁当箱の蓋を開ける。


 内容としては、白米に卵焼き。栄養を考えたプチトマトとブロッコリー、そしてメインはミニハンバーグだ。


 比較的普段は夕食に作ることのない卵焼き等の定番所をチョイスしてみた。気合いを入れて臨んだはいいものの、至って普通の手作り弁当に落ち着いた。


「いつも真人まこと君がお昼休みに食べてるのとは、また違う感じだね」


「あれ、俺って麻帆に普段作ってる弁当って見せたことあったっけ?」


 麻帆の口ぶりから、そんな疑問が生まれた。


「ううん、でも席隣だし。何度か盗み見するわけじゃなかったんだけど、横目で何度か見た事あるよ」


 そっか。麻帆は午前中はずっと寝てるけど、お昼休みは普通に昼食を摂っているんだったな。


「麻帆のお弁当はいつも妃咲きさきさんが作ってくれてるんだっけ?」


 前にそんな話を麻帆から聞いたことを俺は思い出す。

 ということは、妃咲さんも随分と早起きなんだな。母親というものはすごいし大変だ。


「うん。でも今日は私が作ってきたから食べてみて!」


「有り難くいただくよ」


 今度は俺が麻帆から手渡されたお弁当を開ける。

 入れ物は俺と同じく一段弁当のようだ。

 しかし、俺が持って来たものよりも少し大きい。俺が男だから気を遣ってくれたのだろうか。


「あっ、サンドイッチだ」


 蓋を開けるとお弁当箱内の七割を占めているであろうミニサンドイッチだ。

 三つほど入っているが、見たところ中身はどれも違うらしい。いわゆるバラエティセットだ。


 そして、サイドには俺と同じく彩として野菜が添えられている。

 プラスチック製の楊枝が刺さっていることから、箸を使わずに食べやすさを重視したことが窺える。


「すごく美味しそう。俺、いつも米派だから新鮮だよ」


「えへへ、サンドイッチも作るの初めてだったから不安だったんだけど、喜んでくれたみたいで良かったよ」


 麻帆がニコニコしながら安心したことを口にする。


 最近は昼食も俺の家で食べる機会もあったけど、家の中ではそういったものも作らないから頑張ってくれたんだろうな。


 これが、俺のために作ってくれたお弁当。

 ここまで頑張って歩いて来た甲斐があるな。最高に贅沢なご褒美と言っていい。


「ありがとう。麻帆」


「こちらこそ、美味しそうなお弁当ありがとう!」


 やっぱり、手作り弁当を提案してみて正解だったな。

 お店のメニューや市販の商品でも美味しい事に変わりはないんだろうけど、こういう場所で食べるなら絶対に良いと思ったんだ。


「それじゃあ」


「「いただきます」」


 それから、お互いに感謝を込めながら食べ進めていく。

 無くなってしまうのが勿体無いくらいに、お弁当もやはり美味しかった。

 展望からの景色と心地の良い天気にも恵まれて、室内で食べるよりもさらに美味しさを感じられる。


 麻帆と二人で出掛けるのは初めてで、不安もあったけど、やっぱり彼女と一緒だと楽しい。

 何よりいつもと変わらない、この二人の時間がとても有意義だった。


 難しくて言葉にはしづらいけど、本当に今日というこの日は最高の一日だった。

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