第46話 手紙
真人に促され、麻帆は封筒に入った手紙を開く。
「お姉ちゃんの字……」
最初に書いていたのは、「麻帆へ」と私へ宛てた出だしの文。
久しぶりに見たその文字は何処となく懐かしさを感じる。
血の繋がらない姉、姫白茜と出会って彼女は麻帆にとって憧れの存在となっていった。
子供の頃から追い続けてきた相手の文字。仲が良かった頃、一緒に勉強して分からないところを教えてくれたお姉ちゃんの勉強ノートを覗き見た時の事を思い出す。
そうして何度も見てきた文字がそこにはあった。
目の前にいる真人君は私の事を心配そうに見つめながら、文面に目を走らせる私を見ている。
彼は私に嫌われる事をしたかもしれないと言っていたけど、そんな事はこれっぽっちも思わない。
こうして自分のために頑張ってくれた相手をそんな風に思えるなんて出来っこなかった。
たとえ、ここに書かれている事で私が傷つく事であっても、お姉ちゃんとの距離が更に広がろうとも、今の私には真人君がいる。
私にとって、新しく出来たもう一人の憧れの人。そんな男の子が目の前にいるんだ。
それに、ただの憧れだけじゃなくて私は真人君の事を……。
初めて会った時の彼の印象はお人好しで優しい不思議な人。
そして、助けてくれた恩人。
でも、今は違う。
毎日顔を合わせて彼の誠実さ、かっこよさ。たまにドジを踏む可愛いところ。まだ全てではないけれど、真人君の事を沢山知ってきたつもり。
だからこそ、私はそんな彼に惹かれてきたんだと思う。
そして、最初の憧れであるお姉ちゃんからしてみればきっと私は嫌いな存在。この手紙の内容にだって覚悟ばできてるし、結果だって目に見えてる。
私に対するお姉ちゃんの態度はもう、昔とは違う。
それでも、私が抱く気持ちは変わらないまま。けど、それを伝える事もできずにいる。
伝えたところでお姉ちゃんは迷惑だろうけどね。
だから、私の気持ちを知ってもらいたいというのは、少し欲張りかもしれない。
それで私への目が変わることもきっとないし、あるはずがないんだ。
でも、真人君は踏み出せない私のために頑張ってくれた。
その勇気を無駄にしないためにも私はこの続きを読む義務がある。
私は中々続きを読めない自分を落ち着かせるために目を閉じて一度深呼吸をする。
心を落ち着かせてから私はそっと目を開いた。
「!」
「麻帆?」
そこに書かれていたのは、たった二行程の文章。
たったそれだけ。
時間をかけて読む程の文量もなく。ひと目見ただけで内容がはっきりと分かった。
私はそれをもう一度、自身の目で辿る。
『あたしのことなんかいつまでも気にしてないで、好きに生活しなさい!』
宛名の後に書かれていたのは、これだけ。
数十行の横線が引かれた手紙一枚のど真ん中に堂々とその文が並ぶ。
「……お姉ちゃん」
その文が麻帆の頭の中では、はっきりと茜の声で反芻する。
それを想像した時、笑顔のお姉ちゃんの顔が浮かんだ。
「これって……」
もしかして、お姉ちゃんは私が思ってる程、ひどくは嫌ってない?
ううん、そんなはずないよ。じゃあどうして、急に私から距離を置いたの?
そんなの決まってる。嫌いだからだ。
ほんの少しだけ、希望を感じだけどすぐにそんなわけが無いと首を振って雑念を飛ばす。
そんな時、手紙の違和感に気づく。
「……あれ?」
思考を巡らせながら手紙の端に小さな文字があるのを見つける。
自分の手が邪魔で読めなかったけど、手をどかすと一つの文章が目に入った。
『 ps.今のあんたには、あたしなんかよりも親身になってくれる相手がいるんだから』
そんな追記を麻帆は見つける。
瞬間、胸が高鳴った。
顔が熱い。
「この相手って」
お姉ちゃんが言う相手。そんなの決まってる。
私にとって大切な人。
……真人君のことだ。
「お姉ちゃん、私の気持ち気付いて……」
つい呟いてしまった事に気が付いてすぐに口を塞ぐ。
「っ!」
「……ん?」
けれど、当の目の前にいる本人は、どうしたのかといった顔でこちらの様子を見ているだけ。
私がお姉ちゃんをまだ好きでいる事じゃなくて、彼に抱いている気持ちについてお姉ちゃんに言われるなんて……。
真人君とお姉ちゃんはそんなに接点もないはずなのに、どうしてそういう気持ちには気がつくんだろう。
血は繋がってなくてもやっぱり、私たちにはまだ姉妹としての繋がりがあるのかな。
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