第48話 贈り物とデートの終わり


「……」


「……真人君、ありがとう」


 しばらくして麻帆から出た言葉は、感謝を告げる言葉だった。


 顔を上げると、少しだけ希望を持てたようなそんな表情をした麻帆がいた。


「どう……だったの。茜さんからの手紙」


 俺は我慢が出来ずそう口にしてしまう。


 できる事なら、麻帆との関係をここでは終わらせたくない。でも、場合によっては俺が嫌われてもおかしくないことをしてしまったのは確かなんだ。


 麻帆が望むなら、俺は喜んで……とはいえないけど距離を置くことも否めない。

 俺はそれだけのことをした。これは、賭けでもある。少しでも状況が良くなるなら。俺はそれを願うばかりだった。


「……うん、なんだか少しだけ。お姉ちゃんの事が分かった気がする」


「えっ……」


 麻帆の口調は優しいままだ。


「それでも、嫌われてる事には変わらないと思う……」


 それはつまり、やはり駄目だったのかな。


「でもね。別のことだけど、私の気持ちは見透かされてたみたい」


 もう一度麻帆の表情を見ると何処か嬉しそうに見えた。


「それはどういう……」


 一体、茜さんは麻帆の何に気付いていたというんだろうか。


「うーん、内緒、かな」


「っ、そ、そっか」


 だよな。プライベートな事に対して俺はついつい足を踏み込もうとしてしまう。


「でも、どうしてかな」


「ん?」


「この手紙を見た時、もしかしたらお姉ちゃんは、私の事そこまで嫌いじゃないのかもって思えたんだよね。そうじゃないとこんな事、お姉ちゃんが書くかなって思えるくらいのことが書かれてたの」


 ていう事はもしかして、茜さん麻帆に上手く文章で伝えてくれたって事……なのかな。

 だとすれば、結果的に良かったということだ。

 それとなくでも、茜さんの本当の気持ちが彼女に伝わっているのだとすれば……!


「たった数行の手紙だったんだけどね」


 いや、どっちだ! これ成功? 俺がやったことは成功したのか?


 麻帆の最後の言葉を聞いてそれがどちらなのか分からなくなる。


「だけど、少し気持ちが楽になったよ。真人君には感謝しかないよ」


「そ、そう?」


 あまりにも不安定な事に俺は少々息詰まる。


「お姉ちゃんにも、直接は言えないけど、後でチャットで返事してみるよ」


「えっ、本当に?」


「嘘なんてつかないよ。私も頑張ってみる」


 そっか。茜さんの手紙はそれだけ意味がある物になってくれたのか。

 なんだか、少し嬉しいかも。


「だから私も変わらないよ」


「え?」


「真人君、言ってたでしょ? 私に嫌われるかもって」


「あ、ああ、うん。それだけの事しちゃったからね」


 本当に身勝手な行動をしたことを俺は深く反省している。

 だからこそ、最初に謝ったのだから。


「むしろ、感謝しかないよ。私一人じゃこんな事できなかったから」


「いや、でも俺は自分勝手な理由で、」


 そっと、麻帆の人差し指が俺の唇に触れた。


「っ⁉︎」


「いいの。私がそう思ってるんだから」


 突然の事に、俺は心中穏やかではなくなる。


 え? な、なんで俺こんなことされてるの!?


 本当に最近の麻帆のボディタッチの範囲が普通の友達としては度が過ぎているような気がする。

 まぁ、今更な気もするけど。


「分かった?」


 そう念を押されて俺はコクコクと頷くことしか出来なかった。


「よし!」


 麻帆はそう言って満足げな顔で席に戻る。


「……ふぅ」


 とにかく、最悪の結果だけは避けることができたようで安心する。


 今日は楽しみなデートだったけど、この事もあったからか、ずっと気掛かりではあった。

 だからだろう。もう一度、今日この一日を何にも気にせずにやり直せたらと思ってしまう。


「……麻帆」


「うん?」


「また、俺と、その……」


 自分の胸に手を置いて息を吸った。


「デートしてくれないかな」


「えっ」


 付き合っているわけじゃない。

 でも、毎日顔を合わせる。

 それも俺の自宅でだ。

 その関係が変わらないというのなら、俺はまた今日みたいな一日を彼女と送りたい。

 そんな欲が出てしまう。


 男友達の拓也からも俺たちの仲を心配されてはいるが、それは自分たちが決める事。

 俺の想いはまだちゃんと伝えきれていないけど、いつかちゃんとした場で彼女への告白をしたいと今は考えている。


「……もちろんだよ」


 そう応えて貰えたらと思ったその時、麻帆が俺の質問に答える。


「真人君、お姉ちゃんの事もあって今日ずっとドキドキしてたでしょ」


「ゔっ、……うん」


「あははっ、正直だね」


 どうやら、俺の考えは麻帆にはお見通しだったらしい。


「お昼頃の電話もさ、たぶんお姉ちゃんからだったんでしょ?」


「えっ、どうしてそこまで!」


「分かるよ。ま、今ようやく理解したって感じだけど」


 ……俺って、やっぱり顔に出やすい性格なのかな。


 そう思わざるを得ない程に麻帆の言葉は的確だった。


「だから、私からもお願いします」


「お願い?」


 そう聞き返すと麻帆はニッコリとして言った。


「また私と、デートしてください」


「っ! こ、こちらこそ。よろしくお願いします!」


「あはっ、なんかお見合いでもしてるみたいだね」


「げほっ! げほっ!」


 唐突にそんなことを言われれば皆同じ反応を見せるだろう。

 俺は乱れた呼吸を落ち着かせながら、目の前で笑う麻帆に視線を向ける。


「いくらなんでも冗談がすぎるよ!」


「ごめんごめん。つい揶揄いたくなっちゃって」


 そう言われて、俺には心当たりがあった。


「それは……、茜さんの件の事を黙ってたから?」


「そうだよー。私の為だって言っても最初聞いた時は驚いたんだから」


 そんな悪戯な笑みを浮かべるとは。

 本当に最近の俺は麻帆の掌で踊らされている気がしてならない。


「そうだ真人君」


「ん?」


「私に渡したい物が二つあるって言ってたけど。もう一つは何なのかな?」


「あー、うん」


 茜さんの手紙の事で頭がいっぱいで最初に言ったことをすっかり忘れてしまっていた。


 危うく渡しそびれてしまうところだったな。


「実は、これ、なんだけど」


「え、これって」


「茜さんとの事も頑張ったご褒美……って、それはちょっと違うか」


 俺はそう言いながら、麻帆に一つのある物を手渡した。


「これを、麻帆に持っててもらえたら……。いや、受け取ってもらえたらなって」


 そうして、俺と麻帆の初めてのデートは幕を閉じたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る