第49話 これからも変わらない

 

 深い眠りの中で、何やら声が聞こえた。


「……きて」


 それはどんどんとはっきりして、俺へと呼びかけてくる。


「真人君ー」


「んん?」


 よく聞く彼女の声が俺の耳に響く。


「真人君。そろそろ起きないと今日から学校だよ」


 そうだ。今日は月曜日。

 休日を終えて、今日からまた学校が始まる。

 昨日は夜更かしして勉強していた為にいつになく眠い。


 しかし、俺の名を呼ぶその声はだんだんと大きくなる。


「真人君!」


「あっ、はいっ!」


 俺は返事するようにベッドから飛び起きる。


 すると、香ばしい匂いが部屋の外からしてきた。


「今朝食の準備してるから、顔洗ってきた方がいいよ」


 そう言うのは、うちのクラスで有名な「お昼時のシンデレラ」こと、姫白麻帆。

 制服のセーターを袖捲りした麻帆が俺のベッドの横でフライ返しを片手に仁王立ちしている。


 どうして彼女が朝から俺の部屋にいるのかというと。俺は彼女に初めてしたデートの最後にある物を渡した。


「朝早くから大変なのに、ありがとう」


「ううん平気。ご飯作る前に自主勉強したから大丈夫だよ」


 麻帆はいつも早朝学校の図書室で自主勉強をしていたが、最近は俺の家で行っている。


 どうして眠りの中にいる俺がいるのに、部屋に入れるのかというと。


「朝食作るのも大変じゃない? それにお弁当だって」


「真人君からを預かっている身としては当然のことだよ」


 そう、俺は彼女に俺の自宅の合鍵を贈ったのだ。


 いつもは俺が居る時、もしくはバイトで帰りが遅くなる時に俺自身が持つ鍵を貸していたのだが、今はもうその手段も無くなった。


 俺は普段の感謝と麻帆の姉である茜さんとの件で頑張ったご褒美的な物として、部屋の合鍵を渡したのである。


 俺の部屋の鍵は全てで三つ。一つは俺が、もう一つは実家の両親に。そして、最後の一つを麻帆に持ってもらっている。


 これは、俺が彼女をそれだけ信頼を置いている大切な相手という意味も込めている。

 この件については、一応麻帆のお母さんである妃咲さんにも報告はさせてもらった。

 むしろ、妃咲さんから大丈夫なのかと聞かれたが、家主としては問題ない。


 麻帆もすっかりマスコットを鍵につけて管理してくれているようだ。


「今日は卵焼きとソーセージだよ!」


「うん、すぐ行くよ」


 今は一日交代で、朝食とお弁当の準備を分担する事にしていた。

 おかげで今まで以上に麻帆との時間が増えた訳だけど、この関係って側から見たらもう、本当に友達とは思ってもらえないだろうな。


 部屋を出ようとする麻帆の後ろ姿を見て、ついそんな事に思いを馳せる。


 そして。


「ほら、真人君早く!」


「あっ、麻帆」


 俺は先に部屋を出た彼女を呼び止めて急いで部屋を出る。


「どうしたの?」


「いや、その……。おはよう」


「うん? おはよう!」


 そう元気に応えてくれる麻帆に感謝をしつつ、俺はすぐに部屋で制服へと着替える。


 やっぱり、朝に自宅で誰かに挨拶ができるというのは心地が良い。こんなことは実家にいた時ぶりだ。


「あんなに今は元気なのに、学校では寝るんだろうな」


 おそらく今日も、彼女は学校の大半を睡眠に委ねるだろう。

 前みたいな大胆な行動はそうそうないだろうけど、いずれ俺たちの関係はより周りに広まる事だろうな。


 俺の家から一緒に出発するということは、共に登校しているところも見られるというわけで。


「真人君。準備できてるよ」


 リビングへ行くと、すでに食卓の準備を終えた麻帆が待っていた。


「ありがとう」


 俺は感謝を伝えながら席に着く。


 早く自分の気持ちを伝えないとと思うのと同時に、鍵を受け取ってくれた時点で麻帆も俺と同じ感情を持ってくれているのではないかとそう感じていた。


 だって普通そうだろ。次のデートの約束だってしたし。


 でも、いざ言葉にしようとすると中々出てこない。

 友達以上恋人未満……。

 まさにそんな関係なんだろうな。


「……真人君? 食べよ?」


 どうしたのかと首を傾げる彼女の可愛さにドキッとしながらも、俺は平静を装おうと努める。


「う、うん」


「……」


「麻帆?」


 俺の様子を見た麻帆が何故か今度は黙り込んでしまった。しかも、ボーッとした様子で。


「……なんだか、これってちょっと夫婦みたいだよね」


「んなっ!?」


 呆然としていたように見えたのに、突如として俺が考えていたよりも斜め上のことを言われ、危うく膝をテーブルに打ち付けてしまいそうになる。


「あははっ、ごめんごめん。冷めちゃうし食べようよ」


「……うん、そうだね」


 俺はそれ以上深く考えないようにした。


 けれど、唯一俺と麻帆が二人揃って顔が赤くなっていることだけが分かったのは、脳の片隅にそっと置いておく。


「「いただきます」」


 俺と麻帆は手を合わせて、朝の食事を食べる事にした。



____________


 第一部 完

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