第二部

第50話 夏が来た!


 ジリジリとした照り付ける太陽の元、俺は女子と二人。買い物袋を持ちながら自宅へと向かっていた。


「ありがとう麻帆。買い物付き合ってくれて」


「ううん、こう暑いと何回も外には出たくないものね。力になれて良かったよ」


「それは本当にそう。こういう時はまとめ買いに限るから」


 俺は夏に対しての文句を言う。


 大路真人おおじまこと、十五歳。高校に入って初めての夏。俺はクラスで有名な『お昼時のシンデレラ』こと、姫白麻帆ひめしろまほと共に二人のバイト先でもあるスーパーへと買い物をしに出掛けていた。


 お姉さんであるあかねさんとの関係が問題で家にいる事を避けていた麻帆は、俺のちょっとしたお節介もあり、互いの口数が少ないながらも少しずつ良好な関係を保ちつつあるようだ。


 おかげで夏休みに入った今は、学校がないこともあって前よりは睡眠も取れているらしい。

 これが夏休み明けどうなるかは話は別だけど……。

 なにせ、夏休みに入る前も、朝早くから学校に来て勉強して、それからは四限目の途中までは相変わらず隣の席で眠っているからな。

 完全に今までの生活が定着しているのだろう。


 ちなみに、俺と麻帆の関係は現状維持のまま。

 けれど、俺の自宅へ通う彼女の生活は今も変わらずに、こうしてほぼ毎日マンションへと足を運んでくれる。

 来ない日があるとすれば、本当に外せない用事がある時くらいか。俺も麻帆も、少なからず友人や家族との時間もあるので、そういう時は仕方がない。


 最初の頃と違うのは、夜だけでなく互いに時間があるときは日中から家へ来るようになった事。

 そして、俺が麻帆に合鍵を渡した事で足を運びやすくなったという点の二つだ。


 まぁ、つまりは友達以上恋人未満という関係が続いている。

 果たして異性を家にほぼ毎日招くということがそれに当てはまるかは不明だけど、俺と麻帆は恋人同士という関係にはなっていない。


 俺の気持ちはもう、決まっているけどな。


「帰ったら速攻でエアコン付けないとな。とりあえず早く涼もう」


「うん、アイスも買ったからお昼のデザートにしようか。昼食は私が作るからね」


「分かった。よろしくお願いします」


「いえいえ。って、何で敬語なの?」


 はにかむ麻帆の表情に胸が高鳴る。


 俺は一向に構わないのだけど、麻帆は俺の家に来る際は家事の手伝いの殆どをしてくれている。食事の用意や掃除、洗濯……は、俺のプライベートがあるのでやらせていないが、こうして買い物などにも手を貸してくれているのだ。


「そ、それより。もう八月に入るな」


「うん。どうして休みってこんなに早く感じるんだろうね」


 学校も夏休みへと入り、今日で七月も終わる。夏休みに入ってから今日までは一瞬のように感じていた。


 ちなみに、休みに入っても俺たちは相変わらずで、こうして毎日顔を合わせている。

 今日は二人ともバイトは休みなので、今日も今日とて麻帆は夜まで俺の家にいる事だろう。


 そんな彼女と過ごす毎日が、いつの間にか自然と化したのは言うまでもない。



「---ふぅ、ご馳走様でした」


「ふふっ、お粗末さまでした」


 麻帆が作ってくれた焼きそばとデザートのアイスを食べ終えて、俺は自分のお腹をさする。


 焼きそばといえば、屋台の焼きそばとか急に食べたくなるんだよなぁ。時期的にも夏祭りとかもあるだろうし、この近くでやってるかは知らんけど。


 一人暮らしを始めてからというもの、学校にバイトにでそんな地域のイベントには俺は疎かった。


「すごく美味かった」


「真人くんいつも言ってくれるよね。お世辞なんていいのに」


「……」


 いや、本当に美味いからそう口にするんだけどな。


 暑い日は食欲がなくなるとよく聞くけれど、麻帆の手料理は美味しくてこうして戴けるのは本当に嬉しいし有難い。夜は俺がお返しする番だ。


「ねぇ、真人君」


「ん?」


 そんな満足感に浸っていると、正面に座る麻帆が俺の事を見て言った。


「私、夏休みに入ってもこうして真人君の家に来てるけど……」


「うん、そうだね」


 何か言いにくそうな表情を浮かべている。どうしたのだろう?


 別に俺は麻帆が来るのは嬉しいし、むしろ一緒に宿題とか勉強に取り組める事もあって、願ったり叶ったりなのだが、何か思う事でもあるのかな。


 それなら、気にしなくても大丈夫なんだけどな。


「……麻帆が控えたいって思うなら別だけど」


「う、ううん! そんな事ないよ」


 俺の言葉を聞いて、麻帆が焦った顔で首を横に振る。


 ちょっと意地悪な聞き方をしてしまったかな。

 麻帆が嫌々来ていない事くらい気づいてはいたけど、こういう聞き方の方が切り出しやすいかと思ってついわざと口に出してしまった。


「その、真人君は、実家には帰らないのかなって」


 あぁ、そういうことか。


 俺の両親は、俺が幼い時に事故で他界している。それを知ったのは、ちょうど三年前の今頃の事だ。

 中学の卒業まで面倒を見てくれていたのは、叔父夫婦でその二人ともしばらく顔を合わせてはいない。もちろん定期的に電話とかで、連絡はとっているけどな。

 俺が一人暮らしをしているを思うとそう考えるのは当然か。


「そうだね。来週あたり、一度帰ろうと思ってるよ」


「来週……って、お盆の辺り?」


 そろそろ話しておいた方がいいだろう。

 麻帆が俺の家に通っている事を思えば、このタイミングで伝えておくのが正解だ。


「うん、お墓参りもしたいから」

「!……そっか」


 帰る理由はもちろん、俺を育ててくれた両親である二人に会う為。それともう一つが、本当の両親のお墓参りだ。

 俺が帰る日、お盆の時期がちょうど重なる日を選んだのだ。


 そう、麻帆へと俺は伝える。


「バイトがあるから二、三日で帰るつもりなんだけど、その間はその……申し訳ないんだけど」


「うん、分かってる。家を空けるんだよね?」


 麻帆のことだ。合鍵を渡しているとはいえ、俺の家に一人で入り浸るなんてことはしないだろう。


「大丈夫。真人くんがいない間、私はバイト頑張るから。もちろん、自分の家にもちゃんと帰るよ!」


「俺も、帰る前に連絡入れるよ」


「ありがとう」


 麻帆は自分の家に居づらい理由もあるだろうから、どうしてもというなら構わないけど。その心配はなかったようだ。

 俺よりも頭の良い麻帆ならバイトの時間調整等で上手くやれるだろう。


 俺との約束もあるし、前みたいに深夜の街を徘徊することもないと思うしな。


「こちらこそ、ごめん」


「謝る必要なんてないよ。ゆっくりしてきて」


 そう麻帆が言ってくれて安心する。

 うん、この様子なら大丈夫そうだ。


 俺も、両親には色々と伝えたい事もあるしな。この気に一度帰って話をしたい。


「そういえば、前に雪さんが前に住んでた友達たちに夏休みに会いに行くって言ってたよ」


「へぇ、雪が……。まぁ、高校生にもなったら気軽に遊びに行ける距離だからな」


 俺たちの一個上で絢爛女子高校に通う幼馴染の白瀬雪しらせゆき

 そんな彼女との再会については互いの親子内でいつの間にか情報共有がされていたらしい。

 つい先日、実家に帰る事を伝えるため、家に連絡を入れた時に突然そんな話になって驚いた。

 家も近所で家族での交流も少なくなかったから、俺が知らないところで元々近況報告などをしていたみたいだ。


 それならなおさら、俺にも教えててほしかったけど。まさかバイト先でバイターとお客さんの関係で偶然再開するなんて思ってもみなかった。


 だから、俺から言うべきことは学校での事や拓也を始めとした友人の事。そして、麻帆のことも。


 さすがに俺の家に通っている事を伝えるかは迷うが、離れて暮らしていることもあるし当分は伏せておいた方が良いとも思うから、今回は言わないでおこうと思っている。

 異性の友達が出来たくらいに留めておこう。


 ……バレたらバレたで後が怖いから、問題の先送りかもしれないけどね。



____________


 第二部 開幕

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