第51話 夏休みの定番といえば!
街灯が照らす住宅街を歩いていると、麻帆が不意にこんな事を口にした。
「いつも送ってくれてありがとね。真人君」
「いや、俺もコンビニに用あるし。そのついでだよ」
「もう……。またそんな事言ってるし」
「いやいや、本当だし」
実際、小腹が空いたからお菓子買いに行くだけだしな。……家にまだお菓子のストック残ってはいるけど。
距離がそこまでないとはいえ、最近は俺も何かと理由をつけて、マンションを出て麻帆を自宅まで送り届けている。
最初の頃は断られていたけれど、頻繁に来るようになったことから自然と俺も一緒に足を運ぶ事が増えていった。
だから、今では麻帆の自宅の正確な位置まで把握している。別にやましい気持ちがあるわけではない。
それに、その方が麻帆の御両親も安心することだろう。
父親の方は未だに話したことすらないが、母親である
とは言ったものの、電話で話しただけで実際に会った事はないんだよなぁ。
もしかしたら、こうして麻帆を送っているうちに、いずれ顔を合わせる時も来るかもしれない。
いつそうなってもいいように、常に意識はしておこう。
「……ん?」
俺は視線の端から麻帆が消えた事に気付く。
家までもう少しというところで急に麻帆が立ち止まったのだ。
俺は数歩先で彼女の方へと振り返る。
「麻帆?」
どうしたのかと思えば、歩道脇にある掲示板を眺めているみたいだ。普段はあまり気を止める事はないけれど、気になるものでも貼ってあったのだろうか。
「これって……」
俺が掲示板の前に戻り、麻帆の視線の方を見ると、そこには大きな花火がでかでかと載ったポスターが貼られていた。
そういえば、夏の定番といえば花火や夏祭りだよな。
最近は色々とありすぎてすっかり忘れてたけど。
「毎年この辺でやってるんだよ。花火大会」
「そうなんだ。出店とかもあるのかな?」
「うん。むしろ、そっちの方がメインだったりするかも。大通りから神社まで屋台が並んでね、毎年大勢の人が集まるんだよ」
へぇ、それは知らなかった。
俺が元々住んでいた地域でも夏祭りはあったけど、麻帆が言う程に大きなイベントというよりは、近場の公園を利用して子供達が楽しむようなこじんまりとした催しだったからな。
打ち上げ花火とかも特にやらなかったし。
そんなに大勢の人が行き交う花火大会なら、見てみたいな。
「……ねぇ、真人君が帰る日って、八月の七日あたりかな?」
「ん? ……えーっと、そうだね。遅くても九日の夜には帰ってくるつもり」
俺はバイトを始めてテスト週間以外で四連休という休みをバイト先から貰っている。
学生の夏休みだし、お店側も特に拒むことなく了承してくれた。本当にありがたいバイト先である。
「ほんと!」
「うん、ちょうど一週間後に出発しようと思っててさ……」
あっ、よく見ればこの花火大会、開催日が八月の十一日って書いてあるぞ。しかも、花火が始まるのは夜だから……。
俺は、すぐにスマホのスケジュールを開く。
やっぱり! その日は、バイトのシフトが午前中からお昼過ぎまでだ。
夏休みに入って、日中も暇な時間が増えた今、休日はお客さんの多い日中からバイトに入る日もある。特に、この花火大会の日なんかは夜に向けてお昼頃はお客さんの足が一層増えるのではないだろうか。
おそらく、麻帆も一緒の筈だ。
未だ俺と麻帆のシフトが被っている日は多い。店長の計らいで、普段から二人でのバイトの時間が重なる日が殆どだから、十一日も何もなければバイト終わりは俺の家で過ごす事になるだろう。
「麻帆、あのさ……」
せっかくなら、その日は花火大会に誘うのも良いかもしれない。
二人きりで出掛けるのは前のハイキングの時以来だから、実質二度目のデートができるかも。
「真人君! お願いがあるのですが!」
「えっ!? な、なんでしょう?」
俺が誘おうと声をかけた矢先、麻帆が大きな声で俺に言う。
「じ、実は、夏休みの宿題がもう少しで終わりそうなんですが……」
「あ、ああ。それは俺もだけど……って、なぜ敬語?」
突然宿題の話を持ち出してくるとは、一体何がそうさせたのだろう。
確かに、麻帆と俺の家で過ごす時間の間は、ただ部屋で遊んだりするだけではなく学校から出された宿題をやる事も多く、既に八割がた終わっているのだが、この流れでその話題に至ったのはどうしてだ?
「あの……その……」
俺の問いかけに、まるで言葉を探す様子の麻帆。
「しょ、小論文がまだ手についてなくてっ……!」
「小論文? そういえばあったね。そんなの俺もまだやれてないや」
子供の頃からそうだけど、作文とか読書感想文とかはついつい後回しにしちゃうんだよなぁ。
というか、本当に花火大会の話はどこへ行ってしまったのだ。すっかり勉強の話になってしまったな。
いくら何でも脱線しすぎ……いや、待てよ。そもそも麻帆はたまたまポスターを見ていただけであって、花火大会の話題を持ち出したのは俺だ。
元々そんな話をするつもりはなくて、最初から小論文の話をしようとしていた麻帆に、俺が話を被せただけなんだとしたら、麻帆は花火大会に興味がないとも考えられる。
……あれ、もしかして遠回しに断られたのか!?
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