第52話 期末考査の結果
「あ、もしかして小論文に悩んでるとか。 だったら今度、図書館でも行く?」
たとえ花火大会は無理でも、図書館で二人で勉強するのも悪くないなと俺は思った。
決して、デートに対する妥協案などではない。そう、決して。
「さすがの学年一位の麻帆も作文は苦手なのかな」
どちらかと言えば、俺は文系が得意で麻帆は理数系が得意。
だから、お互いの得意分野を教える事は偶にあるのだ。
「……とは、言ったものの」
俺は口元に手を置いて考えるポーズを取る。
小論文を教えるたってどうやればいいんだ? 正直、参考資料を探す方法くらいしか思いつかん。
「う、ううんっ! そういうんじゃないんだけど……」
俺のそんな不安は杞憂に終わる。
「小論文のテーマはもう決まってるの、ただ……」
麻帆は別に小論文に行き詰まったわけではないらしい。
そして、思い出したように目を細めて言う。
「って、真人君も今回の期末テストは同列一位だったじゃん」
「ははっ、まぁね」
そう、俺は南沢高校に入って最初の目的だった学年一位の成績を収めるという事を、つい最近行われた期末考査で成し遂げる事ができたのだ。
小論文の話題からは逸れてしまうが嬉しい話だったからな。少し、俺の話を聞いて欲しい。
麻帆とこうして仲良くなる前に行われた中間考査。そこでは、一位の麻帆に届かず、惜しくも学年二位という結果だった。
当然悔しかった。良く言えば、バイトをしながらの生活の中で勉強を両立させる事については良いスタートを切る事が出来たのも現実。
それでも、思うところが俺に全く無かったわけでもない。
だが、それは以前での話。今回は同点という結果ではあるものの、一位の座に初めて上がる事が出来たのである。
「でも、麻帆だってまた一位だったわけなんだしさ。連続で一位なんてすごいよ」
今のところ、俺が麻帆に勝っているものがあるとしたら授業中に居眠りをしない姿勢。授業態度くらいだ。
内申点も含めるのであれば、今回の結果を踏まえて俺と麻帆は肩を並べた成績だと言っても過言ではないと思う。
「私さ……」
そう呟いく麻帆の少し寂しげな表情。
俺はそれを見逃さない。
彼女との時間の中で、それが気を遣っている時の表情だというのが自然と分かるようになった。
特に、ここ最近での勉学での話題の際同じ顔をするのを何度か見ていた。
なので、そろそろ俺がを先手を打たせてもらおう。
「……麻帆、気遣わないで良いんだからね」
「えっ?」
麻帆が意図している事を、瞬時に理解した。いや、本人の気持ちに気付いていた。
気になる相手と長い時間を過ごしているうちに、そういう仕草や行動から自然と分かることもあるのだ。
俺には、現時点で掲げている二つの目標がある。
一つ目は、自分の力で生きていくという事。育ての親の力を出来るだけ借りずに生活を成り立たせる事だ。
高校のうちから家を出て、将来一人で生きていく為の準備のために、一人暮らしとアルバイトもしている。それは、今後の事を見据えた予行練習と言ってもいい。
さらにその二つと並行するように、俺は進学校である南沢高校の特待生枠を狙っている。
それが二つ目の目標。
俺たちが通う南沢高校は進学校だ。当然大学等への進学希望者が殆どで、高校三年間の間に一度でも特待生になれれば進学する大学からの待遇も良くなるといわれている特別優遇措置を誰もが狙っている。それがこの学校の特待生枠の事を指す。
特待生の枠が設けられるのは二年生からで、毎年新二、三年生から一人づつ選出される。それこそが、南沢高校の特待生だ。つまり、毎年南沢高校には二、三学年にひとりずつ。計二人の特待生が存在する。
さらに、プラスの高待遇として年間で成績と内申点がトップになった生徒の学費を免除するというものまであるのだ。
それが目的の生徒が、俺たち一学年にはゴロゴロいるのである。
俺たち一年生にとって、その喉から手が出るほど欲しい特待生枠を得る為には、まずは学年で一位の成績を出す事が先決だという事だ。
それが、特待生になるための条件に含まれている以上、一番の近道なのである。
そんな最中、俺は最近行われた期末テストで麻帆と同点の一位にまで上がる事ができたのだ。
それもこれも、麻帆との生活の中で培ってきた二人での時間の中で生まれた勉強時間もあってこそだろう。
そして、そんな俺の目標と頑張りを麻帆は知っている。というか、見てきた。
優しい彼女の事だ。きっと、こう考えているに違いない。
「麻帆が俺に勝って、一位を取ったら俺の目標の妨げになる。一位の席を譲った方が良い……とか思う必要はないんだ」
「っ!」
俺の言葉に一瞬、麻帆の肩がぴくりと跳ねた。
やっぱり気にしていたのか。
口には出さずとも、今の表情を見ればわかる。
「麻帆にも、一位になるための理由があるだろ?」
「でも、私は……」
麻帆が勉強を頑張るのは、苦手な完璧主義のお父さんの少なからずの影響。
会って直接聞いた事ないから真実はわからないけど、麻帆のお父さんは麻帆の姉である茜さんと麻帆に大きな期待をしていた。
麻帆本人が言うには、自分はそれに応えられず見放されたと言う。それは、茜さんからも聞いた。
それでも麻帆は、今までの頑張りを無駄にしないためにも、たとえ見放されたとしても自分の自由に口を出されないようにするために、ある程度の成績を保とうとしている。
それは全部、自分を守るため。
放課後に夜遅くまで外出して自分の時間に費やしたりするために、その実力を盾にすれば普段会話をしない父親から突然何かを言われても、説得力がある。
その判断は間違ってないし、同じ立場なら俺もきっとそうする。
茜さんとの関係が戻りつつあっても、お父さんの目は変わらない。
前までの麻帆は、その二人、特に茜さんと距離を置くために夜に一人で出歩いていたんだ。
でも、それは変わった。今は一人じゃない、俺の家に通っている。しかも、母親の同意を得ての事だ。彼女の安全面を考えれば今の方が絶対に良い。
けれど、夜遅くまで帰らない事自体は変わらない為に自由を確保するために勉強を頑張るということは前と同じなんだろうな。
……果たして、お父さんの方は俺の存在についてどう思っているのかな。
妃さんが働きかけてくれているのは確かなんだろうけど。
今の状況が変わらないことから察するに、特に何も思っていないのかもしれない。
そして、そんな麻帆に対して、俺が勉強する目的は、将来を見据えた未来。
麻帆が勉強する理由と、俺が勉強をする理由。
その二つを天秤にかけた時、優しい麻帆が優先するとしたら俺の事を気遣う可能性は十分にあり得る話だ。
それでも……。
「手を抜いた麻帆に勝っても……。いや、麻帆だけじゃないな。全力じゃない誰かに勝ったとしても、意味はないから」
たとえそれが、学校側や周囲の目から認められる結果であったとしても、お情けで貰うものなんて決して自分の為にはならないのだから。
勉強に関しては、俺たちは仲間と書いてライバルのようなものだと思ってる。
そう思っているのは俺だけかもしれないけど……。
「ち、違うよ! 私は全力だった。だから、今回の結果は真人君が頑張ったからでっ……」
「うん。分かってる」
「え……」
俺は別に、麻帆が気遣ってはくれてもそれを実行するような女の子でない事くらい最初から分かっていた。
多少気にはしていただろうけど、そんな誰の為にもならないような事を麻帆がするとは思えない。
だけど、俺は敢えてそれを話題に挙げた。
言っておくが、今回の期末テストの結果は麻帆の成績が下がった事が原因とかではない。むしろ、麻帆の点数も上がっていた。
だが、俺はそれ以上に以前の結果よりも得点を伸ばして実力で彼女に追いついたのである。
彼女が全力で臨んでいた姿勢は、常日頃の様子を見ていれば分かる。
だからこそ、ようやく俺も、目標に手が届くための一歩を踏み出せたような気がする。
「でも、気にはしてたんだよね」
「それは……」
「ごめん、苦しい思いさせて」
「そ、そんな事ないよ! 私が勝手に思ってただけで……!」
そんな話がしたかったんじゃない! そう訴える彼女の視線に俺は真摯に受け止めて応える。
「大丈夫。俺は麻帆が手を抜いたなんてこれっぽっちも思ってないよ。けど、麻帆が口にしないで悩んでたのは気付いてた。だから、早く言ってあげられなくて、ごめん」
「ううん、私の方こそ真人君に気を遣わせてごめん」
「って、お互い謝るなんて、なんか変だよね。俺が原因なのにさ」
「で、でも、私が勝手に悩んでたのは事実だし」
「俺の家に通う時と同じだよ。どんな理由があっても麻帆が気を遣う必要はないよ」
麻帆に初めて俺の家に来た時、自分が通うのは邪魔なのではないか。そんな事を気にしていた。
いきなり家に通わせてくれ! なんて、すごい事言っておいて、俺が一人暮らしの理由を聞いてから自分が言った我儘をすぐに取り消そうとした献身的な態度は麻帆のいいところでもあり、弱点でもある。
茜さんとの一件も、それが原因の一つだったのではないかと今では感じている。俺がお節介を焼いてしまったのもそれが理由だろうな。
「……ありがとう真人君。でも、本当に期末テストの結果は私の全力だから」
「うん。今度は同列じゃなくて抜かせるくらいになるから」
「私も、負けない」
「そうこなくっちゃ。次のテストで『お昼時のシンデレラ』に絶対勝つよ。同点じゃなくさ」
「……?」
最後の言葉を聞いて、麻帆は首を傾げる。
……そうだった。麻帆は、自分が寝てるのと周囲にあまり興味がないののダブルパンチで自分がクラスのみんなからそう呼ばれてるの知らないんだった。
そのおかげで、稀に目が冴えてる時に接してくる教室での俺に対しての態度のせいもあり、普段目立たない俺が話題に上がる事がある。
「麻帆は隠す気ないんだよなぁ……」
「何が?」
「いや、こっちの話」
俺は、麻帆の質問に首を振った。
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