第53話 祭りの約束

 期末テストで二人揃って一位を取った時も、クラスの中ではやっぱり俺たち二人は仲が良いと頷く人が大勢いた。


 どうして点数が一緒だったというだけで、何かと繋げようとするもんかね。

 俺が麻帆に好意を持っているのは確かだけど、今の二人の詳しい関係を人前でペラペラと話すつもりはない。


 それ以前に、俺はあまり目立ちたくないんだよ……。


 ただ頭が良いだけで目立つなら別に構わないけど、密かに人気の『お昼時のシンデレラ』と家に通うほどの仲なんて知られたらどんな騒ぎになることか。

 いや、既に俺たちが付き合っているなんて噂が現状出ているんだけどな。


 以前、友人の拓也からそんな噂が広がっていると聞かされた時、真意を確かめようと直接聞いて来ようとする者が誰もいないものだから、瞬く間に噂は尾ひれを付けて拡大していった。


 その分、こうしてちょうど夏休みに入ったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。


 ……自分のペースでと思っていたけど、いつまでも現状維持なんて悠長な事も言ってられないんだよな。

 せっかくの夏休みで、夏らしいイベントも沢山あるというのに。

 俺たちが付き合ってるなんて、噂に流されるようなのは尺だけど、それなら尚更のこと海とかプールとか行ってデートしてみたい……って。


「あれ、というか何でこんな話に。俺ら花火大会の話してなかったっけ?」


 俺は、目の前の掲示板のポスターを見て最初の話題を思い出す。


「違うよ真人君! 宿題の小論文の話だよ!」


「あー、……うん」


 そうだった。遠回しに花火大会の誘いを断られたところだったよな。


「なんだか悲しくて泣きそうだ……」


「どうしたの?」


「いや、こっちの話」


 本当は夏休みなんだから、前みたいに二人でどこか出掛けたりしたかったんだがな。


「んで、小論文がどうかしたの?」


 宿題も大切なのは変わらないしな。うん。一緒にいられるならそれでいいさ。


 そう自分に言い聞かせて、表情を作る。

 俺は涙を必死に堪えて、麻帆の方へ笑顔を向けた。


「手伝えることがあるなら言ってくれ」


「う、うん。あのね、ちょっとお願いしたい事があって」


 お願い? なんだろう。

 麻帆が相手なら是が非でも応えてあげたいけど、その内容が気になるな。

 これはお願いだから、極力心へのダメージの少ないお願いだと助かるんだけど。


 もし何か用事があるのだとすれば、出発の前日の六日までならまだ予定は合わせられるはずだ。


「真人くん、十一日は私と同じシフトだったよね?」


「えっ、十一日? ……うん、そうみたいだな」


 俺はその日麻帆と花火大会に行きたいと考えていたから、既に予定は把握していたが、再度スマホのスケジュールを確認する素振りを見せる。


 何だか情けない……。


「実は、その日なんだけど……私の我儘で申し訳ないんだけどね」


「我儘?」


「……その」


「いいよ。言ってみて」


 俺は何か言いたそうにする麻帆に話しやすいよう促す。


「さっき話した小論文。もうテーマは決まってるの」


「へぇ、どんなのにするんだ?」


 俺と麻帆の期末考査の結果についての話の前に、確かにそう麻帆は言っていたな。


「その、テーマをね。花火大会にしようと思ってて……」


「なるほど。良いんじゃないかな」


 あっ。だから花火大会のポスターが貼ってある掲示板から目が離せなかったのか。

 夏休みのこの時期にはぴったりのテーマだと思う。


「それで、この花火大会に参考というか……行ってみたいんだ」


 麻帆はポスターに指をさす。


 あれ、この流れってもしかして……。

 俺の落ち込んでいた心が徐々に期待を膨らませていく。


「よかったら、真人君に一緒について来てもらいたいなって……思うんだけど」


 ぎゅっと目を瞑りながら、そう彼女は言った。


「どう、かな?」


「……っ」


 俺はつい言葉を失った。


「屋台とかも出るし、真人君と遊びたいなって。せっかくの夏休みなんだし」


 せっかくの……か。実際、夏らしい事なんてまだ一切やってないんだよな。

 いつも通りの毎日に少し多めのバイトのシフト、そんな毎日だ。


 まぁ、麻帆と一緒にいられるだけで楽しいから勝手に納得しようとしていた。


「……あっ。でもちゃんと小論文の為にも調査というかそういうのも含めて……なんだけど」


 まさか、麻帆からそんな誘いを受けるとはな……。


「駄目……?」


 考えるのに夢中になり過ぎて、麻帆の言葉で顔を上げる。


「っ!」


 視線が合うと、そこには耳まで真っ赤にした恥ずかしそうな麻帆の顔があった。


「それってさ……」


「うん?」


「デートってことで、いいんだよな」


「っ!?」


 つい夢じゃないかと思って変な事を口走ってしまった。

 何やってんだ俺! そんな事聞けるような立場じゃないだろ!


「ご、ごめん麻帆! 今のはっ……!」


 今の俺ちょっと気持ち悪かったよな! マジで身の程を弁えろとはこの事か。


「……うん」


「へ?」


 そこまで言いかけて、麻帆が俺よりも先に肯定するように頷く。


「そ、そうだよ。真人くんと、本当は花火デート……したい、です」


「〜〜〜〜!!」


 俺は内心ガッツポーズをする。

 必死に声を抑えた俺を讃えたい。


 すっかり断られたと思い込んでやさぐれていた俺に一筋の光。


 つまり、麻帆も最初から小論文の参考というのは建前で、俺をデートに誘いたかったと……。


「ふーん……」


 やばいぞ。そう考えると、思わず気持ち悪いほどの満面な笑みが溢れそうになる。

 いや、実際嬉しいんだから仕方ないじゃないか。


 初めて二人でデートをしてからどれくらいが経っただろうか。

 あの時は俺から誘ったから麻帆から誘われるのは今回が初めてだ。つまり、二人での二回目のデートという事になる。

 そんなの断るなんてありえない。


「分かった。一緒に行こう花火大会」


「いいの!?」


「もちろん。ただ俺、こっちの夏祭りとか初めてだから……」


 前のデートの時とは違って、リードするような余裕が今回はない。

 いや、前もできていたのかといえばそうではないのかもしれないけど。


「大丈夫! 任せて! その日は私、お祭り娘モードで行くから!」


「お祭り娘モード!?」


 そんな変身能力が麻帆にあるのか。


 そう元気に答える麻帆に、俺は法被姿で神輿を担ぐ麻帆の姿が思い浮かんだ。

 いやいやいや、デートなのだからそんな格好はしないだろうけど。


 ……でも、夏休みにまた楽しそうな予定が増えた。


「やった!」


 それはどうやら、麻帆も同じみたいだ。

 俺の耳にはしっかり、彼女の喜びの声が届いていた。


 俺自身も断られたと勝手に思い込んでいた為に心底安心させられたのだった。


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