第19話 彼女!?


「……拓也たくや。日頃のお礼ってどうやって返せば良いと思う?」


 午前中最後の授業を前にして、友人である皆口拓也に声をかける。


「急にどうした。頭でも打ったか?」


「なんでそうなるの」


「だってお前、俺以外に友達いねーだろ。真人が何か奢ってくれるなんて珍しいじゃん」


「俺が相談したいのは拓也の事じゃないから」


 俺はチラッと隣の席に座る『お昼時のシンデレラ』こと、姫白麻帆ひめしろまほさんを横目で見る。

 彼女は相変わらず机に突っ伏したまま、小さな寝息を立てて眠っていた。


「だとすると、バイト先の人に何か送るとかか?」


「……まぁ、そんな所」


 俺と姫白さんが友達になった事は、拓也含めクラスの誰も知らない。

 別に二人で示し合わせて隠している。というわけではないけど姫白さんが眠っている都合上、話す機会など全くない。

 わざわざ教える必要もないと思い、今に至っているわけだ。


 姫白さんはお昼前までは寝ているので、およそあと一時間は起きる事もないだろう。

 だからこそ、こうして感謝を伝えたい相手が近くにいるにも関わらず拓也に相談を持ち掛けているのである。


「お前、もしかしてさ……」


「ん、なに?」


 何か面白いものでも見つけたような顔で拓也は俺の事を見る。


「彼女でもできたのか!」


「はぁっ⁉︎」


 突然何を言い出すんだ!

 一体全体、なぜそんな話になるのだ。


「な、なんでそうなるんだよ」


「だってお前さ、前までただ授業受けて帰るだけだったのに、最近帰る時はやけに嬉しそうだし、彼女でも出来たんじゃないかと思って」


「それは、」


 姫白さんと放課後、家で遊ぶのが楽しいからで……。

 ていうか、それがわかってしまうくらいに顔には出てたって事なのか。なんかそう思うと随分と恥ずかしいな。


「……彼女とかではないよ」


「へー、そうかそうか」


 信じているのかいないのか、ニヤニヤとした悪戯な笑みを拓也は浮かべている。


 そんな期待されても、俺に彼女などいないのにな。


「拓也の方こそ、そういう話は普段聞かないけど、実際のところはどうなんだよ」


 拓也は俺と違って友好関係が広いし、人当たりの良い彼に好意を持つ女子がいてもおかしくはない。


「俺? 俺はいるよ」


「いるのかよ!」


 全くそういう気配なかったけど、まさか軽く聞いたつもりが意外な情報を引き出してしまう。

 俺は拓也とは高校からの仲だから、互いにまだ知らない事も多いようだ。


「あれ、言ってなかった? 俺中学の時から付き合ってる奴がいるんだよ。学校は違うけどさ」


「そんなの初めて聞いたよ。でも、学校は別なんだ」


 どうりで今までそういった素振りをまったく見せなかったわけだ。

 同じ学校にいれば、たとえ言われなかったとしても日頃の行動とかで、なんとなくでも察せれそうだからな。


「まぁ、俺の事はいいだろ。とりあえず、プレゼントのアドバイスをすればいいのか?」


「プレゼント……ってよりかは、もっとフランクな感じで感謝を伝えたいんだけどさ」


「なんだよその難しい条件……。普通に言葉で伝えるのじゃ駄目なのか?」


「駄目ではない、けど」


 それではちょっと足りない気がする。

 感謝の言葉なら簡単に伝えれるからな。むしろ普段からそれは言っている。

 かといって、俺と姫白さんは友達になって二週間と少し。物を送るにしても重く捉えられてしまうかもしれないのは確かだよな。


 それを相談するために言葉で表すのも、だいぶ難しい。


「具体的にはどんな感じのが良いんだよ」


「あまりお金が掛からずに、喜んでもらえるものってなんだと思う?」


「それなら手料理とかはどうだ。定番っちゃ定番だぞ」


「うーん……」


 確かに手料理は感謝の気持ちを送るのには最適だろうが、二人で居る時に夕飯を作っている事を考えると、いつもと変わらない気がする。


「そこまで悩むことか? こういうのって気持ちが大事なんだから、お前が選べばなんでもいいと思うけどな」


「いや、ごめん。料理は作ってあげたことがあったからさ」


 せっかくこちらの事を考えて答えてくれたのに、変な受け答えをしてしまったことを反省する。


「そうかー……って、え? その人と同棲でもしてんのか?」


「いやしてないよ?」


 うん、同棲はしていない。

 一緒に過ごす時間は長いけど、住んでるわけじゃないもんな。


「そ、そうか。なんかビビったわ。だよな、料理作った事あるからって一緒に住んでるとは限らんよな」


 拓也のやつ、完全に俺が異性に何かを贈ろうとしていると考えてるな。

 実際そうなのだが、別に俺と姫白さんは拓也が想像するような関係とかでは決してない。


「でも感謝の気持ちで思い浮かぶのなんて、あとは肩叩き券くらいしか思い浮かばないぞ」


「肩叩き券って……」


「冗談だぞ? 本当にそんなの渡すなよ」


 それもそうだ。子供が親に渡すわけじゃないんだから。

 当然そんな事は百も承知だ。


 それに姫白さんは肩が凝るほど歳をとっているわけでは……。いや、そういえば女の子は胸があるから肩が凝りやすいと聞いた事がある。

 姫白さんもスタイルいいからそういう悩みもあるかもしれない。

 ……って、何考えてるんだ俺は! ごめん、姫白さん。

 俺は心の中で誰にも聞こえない謝罪をする。


 けど、肩叩き券か。


 それを聞いてある事を思い出す。

 そういえば昔、父さんにあげたことがあったな。とかを聞いて手作りで紙に書いたりして。


「……ん? してほしい事?」


 そういえば姫白さん、この前たしか……。


 俺はこの間、家で姫白さんが言っていた事を思い出す。


「ありがとう拓也。ちょっといい事思いついたよ」


「ん、そうか? じゃあ、上手くいったら教えてくれよ。そんで、今度俺の彼女と四人でダブルデートしようぜ」


「……うん。て、だから彼女じゃないってば、その子とは普通に友達ってだけで」


「女子ってのは否定しないんだな」


「……謀ったな拓也」


「ははっ、進展あったら教えろよ〜」


 拓也はそう言い残して席を立ち上がる。俺に弁明の隙も与えることなくそのまま教室を出ていった。


 完全に拓也の掌で踊らされてしまったな。

 でも、良いヒントを貰えて確かな収穫もあった。今日はそれに免じて許してやろうじゃないか。

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