第18話 勉強はいつするの?
次の日から、バイトで帰りが遅い時には姫白さんが夕飯を作ってくれるようになった。
最初はカップ麺を作るのが得意と言い張っていたのが嘘のように、姫白さんはどんどんと料理の腕を上げていく。
さすがは学年一位の秀才。レシピを見ただけで理解して実践できる吸収力が凄い。料理のスキルなんてあっという間に追い抜かされてしまいそうだ。
そんな日々が続いて、姫白さんと友達になってから二週間が過ぎた。
「ふぅ、今日も美味しかった。ごちそうさま」
「お粗末さまでした〜」
嬉しそうに微笑む姫白さんを見てお腹だけでなく、胸までいっぱいになる。
俺はただ場所を提供しているだけなのに、ここまでされてしまうと何か返したくなってしまうな。
姫白さんの事だから、俺がお礼するなんて言い出したら気を遣われてると思って要らないと言われそうだけど。
「今日は掃除までしてくれてすごい助かったよ」
「私がしたくてやってる事だから全然だよ! あっ、私洗い物済ませちゃうね」
「じゃあ、俺はお茶を淹れようかな」
夕飯を食べた後、テーブルに教科書とノートを広げる。
今日は暇つぶしの時間に、姫白さんと二人で宿題をする約束をしていた。
土日はバイトまでの時間を一人で勉強し、平日の夜も姫白さんと一緒にいる間、ただ遊んでお喋りするだけでなく時折学校の宿題などにも取り組んでいたのだ。
姫白さんには教える才能もあるのか、俺が躓いた箇所を分かりやすく丁寧に教えてくれたりと、とても有意義な時間を送らせてもらっている。
「ねぇ、前から気になってたんだけどさ」
ひと段落ついた所で手を休め、対面に座る姫白さんへ向けて俺は声をかけた。
「なにー?」
ノートに視線を落とす姫白さんは顔を起こして聞き返す。
「姫白さんって普段はいつ勉強してるの? 学校にいる時はほとんど寝てるよね?」
学校が終わった後は俺の家に来て暇を潰す。
こうして二人で勉強をする事にもなったりしたけれど、姫白さんは授業を聞いていない分、どこで勉強時間を確保しているのか気になった。
何もしないで学年で一位の座に着けるなんて事は、流石に無い……よな。それができたら秀才を通り越して本当に天才だ。
「いやー、それが聞いてくださいよ奥さん」
姫白さんは手をひらひらとさせて言った。
「俺、男なんだけど」
「じゃあー、聞いてくださいよ旦那さん」
「……」
冗談めかしく言い直す姫白さんに、それ以上突っ込むことはせず話に耳を傾ける。
「まー、冗談は置いといて。大路君は知ってると思うけど、私家にいるのが嫌いなんだよね」
「……うん」
今までの事から、それはなんとなくではあるが理解していた。おそらくそれが、家族絡みであることも。
「今は大路君の家に門限まで居させてもらってるから、いつもそこから帰って寝てるんだけど」
「じゃあ、いつ勉強を?」
「朝早く学校に行って図書室で勉強してるんだ」
そういえば、姫白さんが登校するところって見た事ないな。
「ちなみに、早いってどれくらい?」
「六時過ぎ……かな?」
「はやっ!」
想像よりも遥かに早い時間につい声を上げてしまう。
そして、驚きと同時に疑問も浮かんだ。
「そもそも、そんな時間に学校って開いてるの?」
「それが意外と開いてるんだよ。うちの学校って警備員さんがいるでしょ?」
「うん、いるね」
俺も校内で見回りをする警備員のおじさんに、すれ違いざま何度か挨拶をした事があった。
「警備員さんって朝早くから仕事してるから、そのぐらいの時間でも入ろうと思えば入れるんだよ」
それって、先生とかよりも全然早いんじゃ……。
なんなら俺ですらまだ寝ている時間なんだが。
「それは……、当然日中は眠いよね」
「あはは、うん超眠いよ」
ようやく謎が一つ解けたぞ。それが普段午前中に姫白さんが寝ている理由か。
話を聞く限り、姫白さんは家でもほとんど寝ていない様子。
門限が夜中の十二時で、そこからお風呂に入ったりして学校には六時頃に着くなんて。夜の睡眠時間はたったの数時間くらいしかない。
そこまでするとは、余程姫白さんは自宅を嫌っているんだな。もし俺が同じ立場だったら絶対に朝起きれない自信がある……。
「私が図書館室使って勉強してるのは、朝来るのが早い何人かの先生は知ってるっぽいんだけど、注意もされた事ないし良いかなって」
「勉強するために早く登校してるなら強くは言えないよな」
もしかして、授業中寝てても注意されないのってそれも関係があるのかな?
だとしても、本当にそれでいいのか我が校の教師たち。
「それに、勉強ができれば親も何も言ってこないから」
悪い事をしているわけじゃないからな。俺からしたら、夜遅くに出歩く事を除けば、姫白さんの行動は良いのか悪いのか判断する事などできない。
でもまさか、そんなに朝早くから学校にいるとは知らなかった。
「でも、勉強のためとはいえ、よく起きられるね。凄いよ」
理由はどうあれ朝起きるのが辛い俺としては、もはや尊敬に値する。
「そんな立派な物じゃないよ」
姫白さんはノートの端に何やら猫の顔を落書きしながら話を進めた。
気がつけば完全に休憩モードに突入している。
「ただ家にいる時間を少しでも減らそうと思っただけ。中学の時から早起きするようになったんだけど、やっぱり日中は眠くてさ。その頃から学校ではほとんど寝てたんだよね。だから中学の頃の友達とかも全然いないんだ」
なんと、姫白さんは中学時代から『お昼時のシンデレラ』だったようだ。
当時も今と同様の学校生活を送っていたとは。
……あれ? ちょっと待てよ。
「えっ、じゃあ姫白さんって今友達は……」
「大路君だけだよ?」
なんてこった!
クラスでの知名度と可愛い容姿から、友達がいないといっても俺なんかと比べたらいけないと考えていたけど、まさか本当に俺と似た境遇だったとは。
なんなら拓也という男友達が一人いる俺の方がまだ良い方なのでは?
「でも、俺の家に初めて来た時は、ほとんどいないって」
「うん、小学校の頃は友達がいたけど今は付き合いも全然ないし、どこの高校に通ってるとかも知らないな……って、後から思ったんだよね」
確かに、俺も昔からの友達といえば幼馴染の雪くらいしかいないけれど、この街で偶然合わなかったらきっと姫白さんと同じだっただろうな。
「でも、今は大路君がいるし全然寂しくないよ」
「!」
俺に顔を近づけて笑う彼女に、顔が一気に熱くなる。
「あれ? 大路君、顔赤いけど大丈夫?」
「う、うん。大丈夫……」
俺は顔を隠すように頭を抑えて姫白さんと少しだけ距離を取る。
「そう? 具合悪かったりしたら遠慮なく言ってね。私看病するし」
「んなっ⁉︎」
か、看病だと……。姫白さんに?
やばい。一瞬本当に風邪でもひいてしまおうかと思ってしまったではないか。
お、落ち着け。なんでこんな話になっているんだ?
今は確か姫白さんが普段いつ勉強してるのかを話していただけの筈なのに。
「は、話を戻すけど。姫白さんはやっぱり凄いよ」
「え、なになにどうしたの急に。そんなに褒めても何も出ないよ?」
「いや、そういうんじゃなくてさ。理由は何にしても自分で頑張って勉強の時間を作れてるのは凄いなって。実際学年で一位にもなってるし」
姫白さんも努力して今の成績を維持している。
俺と形は違えど、必死に頑張って今の学力にまで至ったんだ。やっぱり彼女は凄い。俺も、負けていられないな。
「俺も、もっと早い時間に起きてみようかな」
「じゃあ一緒に朝勉やってみる? 朝だと全然人いないし集中できるよ。私も誰かと一緒だと楽しいし」
姫白さんが意外にも俺を朝の勉強の時間へと誘ってくれる。
「いいの?」
「うん。大路君も私がわからないところとか教えてくれたりするでしょ? 二人の方が捗るかなって」
姫白さんに教えられることの方が多いけどな。どうやら俺もある程度姫白さんに教えられるくらいのレベルにはいるようだ。
彼女がそう思ってくれてたなんて素直に嬉しい。
けど、朝の図書室で姫白さんと二人きりか……。ちょっとドキドキするな。今も家で二人きりだけど。
「あー、でも俺起きれるかな」
良い誘いなのには変わりないけど、俺自身に問題がある事を思い出す。
特にアルバイトの次の日なんてぐっすりだもんな。
「ごめん姫白さん。ちょっと保留って事にしといてもらっても良いかな? 今すぐは無理だけど機会があれば朝一緒に勉強してくれると嬉しい、かな」
極力彼女を傷付けない言葉を選び、今回は断りを入れる。
「そっかー、それは残念。でも、私はいつでもウェルカムだから。いつも朝は図書室にいるから気が向いたら一緒にやろ!」
「うん。その時はよろしく」
学校で二人きりになれる機会なんて滅多にないからな。
約束して一緒に勉強なんて、ちょっと憧れるし、まさに青春といった感じだ。
「よし、とりあえず早く残りを終わらせますか」
「うん! これ終わったら今日もゲームのリベンジ戦だからね!」
俺たちは止めていた手を再び動かす。
とりあえず、まずはこの課題を終わらせないと。考えるのはそれからだ。
それから、姫白さんが帰った後も少しだけ寝る時間をずらして勉強に励んでた事は彼女には内緒だ。
どうやら俺は、姫白さんに触発されてしまったらしい。
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