第17話 手料理だけじゃ終わらないらしい


 料理の美味しさに集中してしまい、つい伝えるべき事を忘れていた事に気づく。


「姫白さん」


「は、はい!」


 名前を呼ぶと、緊張の表情を浮かべ返事をする。

 俺はそんな彼女に素直な気持ちを伝える。


「この炒飯すごく美味しいよ。誰かの手料理なんて久しぶりだし、作ってくれてありがとう」


「よ、よかった〜」


 そう言って安心したように胸を撫で下ろす。


「何も言わずにいるからどうかしたのかと思ったよ」


「ごめんごめん。でも本当に美味しいよ」


 普段料理しないなら余計に不安だったみたいだ。すぐに感想を伝えないなんて、悪い事をしたな。

 でも、それを忘れるくらいにこの手料理は美味い。


 まさか帰ってきてこんなご褒美が待っているとはな。


「えへへ、喜んでもらえて良かった」


 頬杖をついて照れながら笑う彼女は顔が赤い。可愛いかよ。


「ねぇ、大路君。私から一つ提案なんだけどさー」


 ご飯を食べ進めていると、俺に相談があるのか話しを振られる。


「ん、なに?」


「私が一人でいる時に部屋の掃除とか洗濯とかしてもいいかな?」


「えっ、それは……」


 姫白さんが急にそんな事を言うなんて、何かあるのだろうか。思い当たる事といえば。


「もしかして、俺の家って結構汚い?」


 そのくらいしか思い浮かばない。


 家にいる隙間時間で片付けは俺自身が行なっているため、定期ために部屋の掃除はしていたつもりだ。しかし、人によっては散らかって見えるのかもしれない。


 例えば、洗濯物も畳んではいるものの、部屋の隅に積んだままだし。さすがにまずかっただろうか。


「ううん、違う違う」


 しかし、俺の考えとは裏腹に姫白さんは首を横に振る。


「私、普通に家事がしてみたいんだよね」


「俺の家の家事を?」


「うん。普段大路君がやってる家事を手伝わせてほしいんだ」


「それは突然だね」


「大路君の部屋を借りてるわけだから、お礼も兼ねてと思って今日ずっと考えてたんだけど。今後の為にも」


 今後……。

 もしかして、姫白さんまだ一人暮らしする事を心のどこかで諦め切れていないんじゃ……。


「自分の家だと絶対に無理だし……。ていうか、居たくないし」


 どうしてそこまで家を出たいのか理由はわからないが、決定的な何かがあるのは彼女を見れば一目瞭然だ。

 それなら、俺としては本人の意思を尊重したいところではある。家事を手伝ってくれるのは俺としては大変助かる事だしな。


「わかった。いいよ」


「いいの!」


「姫白さん家で待っている間暇だろうし、そういう事なら協力するよ。むしろごめんね、気遣わせて」


「本当に、大路君は優しいね。頼み込んでるのは私なのに普通そんな事言わないよ」


「そうかな」


 相手が姫白さんだから、ってのもあるかもしれないがな。


「うん、私は大路君のそういうところ……好きだけどね」


 ん? 今ナチュラルに好きと言われなかったか?

 いや、言ってたとしてもライクの意味でだろうきっと。


「家事って事は、また料理も作ってくれるの?」


「もちろん! 作れるものに限りはあるけど……」


 自信満々に言った後、姫白さんは小声で保険的を付け足した。


 けど、美味しい料理を頂けるのなら俺としても願ってもない事だった。

 あの姫白さんの手料理をこれからも食べれるなんて。家に帰って女子の手料理が出てくる事自体、世の男子達からしたら羨ましがられそうだ。


「それじゃあお願いするよ。掃除に必要な物とかあったら言ってね。用意しとくよ」


「ありがとう。私も全力でやるからね」


 そうだ。もののついでに俺も一つ意見を言わせてもらうとしよう。


「冷蔵庫の物は自由に使ってもらっていいから。あと、もし料理に必要な食材とかあったら俺に教えてほしい。食費は持つからさ」


「えっ、いいの? 私全然出すよ」


「いや、俺が出すよ」


「でも私、大路君がアルバイトが休みの時はご飯作ってもらってるのに申し訳ないよ」


 単純に考えれば二人分の食費を俺が担う事になる。

 それを危惧しているのだろう。


「家事をしてもらえるなら喜んで出すよ。それに姫白さんだって毎回買ってくるのは大変でしょ」


「そんな事……」


 いや、おそらくあるはずだ。彼女は口にしないが、今現在アルバイトをしていないということは今日買った食材も自分のお小遣いで買ったもの。

 それを考えればバイトの日が多い俺に毎回料理を作るとなると金銭的な面で心配が出てくる。


「俺は場所と食費。家にいる時はもちろん俺も料理は作るけど、その対価として姫白さんは俺がバイトの日に家事をして料理を作る。これは充分なお礼だと思うよ」


 姫白さんが俺に対して何かをしようと思ってくれるだけで満足だし、非常に嬉しい。


「うーん、私に都合が良すぎる気もするけど、本当にいいの?」


「いいよ。あっ、でも洗濯はしなくてもいいかな」


「えっ、どうして……。あっ、可愛い下着があるから?」


「ごめん、それはもう忘れて」


 ついこの間の事が脳内で鮮明にフラッシュバックする。

 あの出来事は年頃の男子にとって、もはや黒歴史だ。

 というより、柄はともかくクラスメイトの女の子に下着を洗われる事自体、相当恥ずかしい。


「とにかく、洗濯以外の事をやってもらえれば全然良いから」


「大路君が良いならいいけど。じゃあ、期待に応えれるように頑張るから」


 両手で拳を作って気合いを入れる姫白さん。


 いきなり家事をしたいと言い出した時は驚いたけれど、姫白さんにもちゃんと考えがあっての事なら俺はそれを叶えてあげたい。


 お人好しが故かもしれないけど……。


「ふふっ、楽しみ」


 俺は嬉しそうな表情を浮かべる姫白さんに見守られながら、お皿に残った炒飯をあっという間に食べ終えた。

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