第16話 シンデレラのお出迎え


 外はすっかり暗くなり、歩道は街灯で照らされる。

 学校や仕事帰りのお客さんで賑わうスーパーの品出しを終えた俺はそんな夜道を一人で歩く。


「今日も忙しかったなぁ」


 時刻は夜の九時を過ぎている。

 朝は勉強のために早くから登校し、放課後はバイト。自分のためとはいえシフトが入っている日は中々にハードな一日なのである。


 そんな外での予定を終えた俺は一人自宅のあるマンションへ向かっていた。


「そうだ。姫白さんに連絡しとかないと」


 放課後、誰も見ていないのを見計らい、俺は姫白さんに自宅の鍵を渡していた。

 部屋を提供しているのと同時に留守番をしてもらっているため帰る時には連絡を入れておくのが礼儀だと、すぐにスマホからメッセージを送る。


「こうしてみると、なんだか新婚の夫婦みたいだな……なんて」


 俺は一人、絶対に本人には言えないであろう事を口にする。

 

 ……いや、こんな浮かれたこと考えるなんて俺らしくもない。

 やはりバイトで疲れているらしい。早く帰ろう。


「あっ、姫白さんお腹空かせてるよな。何か買ってくればよかった」


 すっかり俺の頭の中は姫白さんの事でいっぱいだった。

 そんな事を呟いているうちに、あっという間にマンションへと辿り着く。

 ここまで来たら引き返して買い物に行く気にもなれないので、ひとまずエントランスのチャイムを押した。


 食材はあるし、すぐに何か作ってあげよう。


『はーい。姫、じゃなかった。大路です』


 まもなくして、インターホンから姫白さんの声が聞こえてきた。


 姫白さんが大路って……まるで本当に夫婦みたいじゃないか。

 よく考えたら、今俺たちがしてる事って半分同棲みたいなものなんじゃ。


 部屋に入ったらエプロン姿の姫白さんが出迎えてくれたりして。彼女ならエプロン姿もきっと似合うことだろう。


 俺はそんなありもしない非現実的な想像をし、インターホンの向こうにいる姫白さんにへと応える。


「姫白さん。俺、大路です」


『あっ、大路君。おかえり! 今開けるね』


 すると、エントランスの自動ドアが開かれる。


 事前に部屋のインターホンの操作について教えてはいなかったけど、簡単な設計だからか姫白さんもすぐに理解してくれていたみたいでよかった。


 それからエレベーターを使って自宅のあるフロアへと登り、自分の部屋の扉を開けた。


「おかえりなさい。大路君」


「……」


 リビングの方からひょっこりと顔を出す姫白さんが俺を出迎えてくれる。

 今まではこっちが迎える側だったから、こういうのはなんだか新鮮だ。


「……? どうかしたの大路君」


 部屋に入ろうとしない俺を見かねて、彼女は俺のすぐ近くまでやって来る。


「いや、なんでもないよ。ただいま姫白さん」


「おかえりー。あ、髪乱れてるよ」


 そう言って彼女は俺の髪に触れる。

 おそらく仕事の時にでも崩れたのだろう。


「はい! 治ったよ」


「あ、ありがとう」


「あはは、玄関だと段差があるから私の方が背高いね〜」


 確かに姫白さんの視線がいつもより少し高い。

 それにこの状況は、まるで頭を撫でられているみたいだ。

 そんなに優しくされたら、バイトの疲れが一気に吹き飛ぶ。


 今までは、暗い部屋に帰るのが普通だったんだけどな……。

 こんな風に誰かが家で待っててくれるのは、悪くない。


「アルバイトお疲れ様。お腹空いてるよね?」


「えっ、うん。姫白さんは?」


「あー、私は……」


「ごめん俺、夕飯の事とか全然考えてなかった」


 俺がそう答えると、姫白さんは笑顔で言った。


「実はね。今日帰りにスーパーに寄って、色々買ってきたんだ」


「!」


 俺は姫白さんに手を引かれリビングの方へと向かう。


「早くこっち来て」


 ……えっ、自然に手繋いじゃってるんですけど。

 ていうか姫白さんの手ちっさ!


 背丈はあまり変わらないのに、改めて姫白さんの女の子らしさを実感させられる。


 そんな俺の気持ちを知らない姫白さんの後に続きリビングへと入る。

 すると、とても良い匂いがした。


 こ、これは!


 目の前に広がっていた光景を見て俺は驚愕する。


「大路君にバレないように買い物してきたんだけど、本当に気付かなかったんだね。サプライズ成功だ」


「姫白さん俺のバイト先に来てたんだ」


「そうだよ。この近くだと買い物するならあそこが一番近いから」


「それじゃあ、これって」


 ダイニングテーブルに置かれていたのは、とても美味しそうな香りを放つ手料理だった。


「大路君みたいに手の込んだ物は作れなかったんだけど」


「作ってくれたんだ。俺のために」


「うん、お世話になってるのはこっちだし。これくらいの事しか出来ないけど」


「めちゃくちゃ嬉しいよ。ありがとう」


 テーブルに置かれた皿の上に載せられていたのは家庭的な炒飯だった。


「あっ、それより勝手にキッチン使ってごめん」


「それは別に構わないけど。姫白さん、確か料理しないんじゃなかった?」


 この前聞いた情報だと、カップ麺を作るのが得意だとかなんとか。


「ネットとか見ながら作ってみたんだ。不格好だけど、味は大丈夫……だと思う。美味しくなかったらごめんね」


「いや! そんな事ないよすごく美味しそうだし」


 普段しない事なのに、俺のために頑張ってくれたんだ。多少失敗していようが、有り難く頂く。ただそれだけだ。


「あれ、姫白さんは食べないの?」


 俺がテーブルに着くと対面に座った姫白さんは俺の事をジッと見ていた。


「あはは、味見沢山してたからお腹一杯で……」


 ふとキッチンを見ると、そこには炒飯を作るために頑張ってくれたであろう調理器具に食器類があった。


「チャイムが鳴ってから温め直したから。あったかいうちにどうぞー」


「うん、いただきます」


 両手を合わせてスプーンを手に取った。

 それから、一口分掬って口へと運ぶ。


 ……美味しい。


 コクのある味わいが口いっぱいに広がって、より食欲が湧いてくる。

 香ばしい刻まれたチャーシューにネギと、卵の甘みもあって、ご飯一粒一粒にも味がしっかりと染み込んでいる。


 普段自炊をする時に目分量で作る俺とは違う、優しい味だ。

 いくらレシピの通りと言ったって、こんなにも美味しくできるものだろうか。


 これが俺のために作ってくれた手料理なんて。

 幸せってこういう事を言うんだろな。やばい、なんか泣きそうだ。


 俺は一口、また一口と噛み締めながら炒飯を口へと運ぶ。


「大路君。その、どう……かな」


 姫白さんは黙々と食べ続ける俺の顔を不安そうに、じっと見つめていた。

 いかんあまりの感動につい夢中になってしまっていたようだ。

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