第15話 また明日!


「――もうこんな時間か〜。そろそろ私帰らないとだ」


 俺が一人暮らしの理由を話してから数日。

 姫白ひめしろさんは今も毎日俺の家に遊びに来てくれていた。


「下まで送るよ」


 日曜日の夜、門限が迫る姫白さんをエントランス前まで送る。


 気を遣って来なくなるかもと心配していたが、今日も姫白さんは変わらず笑顔で俺の家を後にする。


「ねえ姫白さん、本当に家まで送らなくて平気?」


 毎回聞いている気がするなこれ。

 だって、しょうがないじゃないか。女の子を一人で帰すのなんて気にしない方が無理だ。


「うん、大丈夫。いつもありがとう」


 姫白さんは一人で大丈夫な事をつげた。

 過保護すぎても嫌われそうなので、僕も無理強いはしない。


「……その、大路おおじ君」


「うん」


「明日も、来ていいかな」


 姫白さんが帰る時、このやり取りが恒例となっていた。


 明日は学校だからバイトのシフトは放課後から夜まで。この休日よりも一緒にいれる時間は少ない。

 それを、俺は少し残念に感じてしまう。


「……うん、いいよ。明日は学校終わってそのままバイト行くけど、帰りに鍵渡すから上がっててもらって構わないよ」


「……」


「姫白さん?」


 返事をしない彼女の顔を覗き込むと何やら不安そうな表情を浮かべている。


「……ねぇ、本当にいいの? 私、大路君がバイト終わるまで待ってるよ?」


 俺は学校の日にバイトがある時は、姫白さんに部屋の鍵を貸す事を提案していた。

 バイト先に連れて行くわけにもいかないし、それが最適だと考えたからだ。


「姫白さんは、その間どこで待ってるつもりなの?」


「うっ……それは、」


 夜に安全が保証できる場所の当てがない時は俺を頼る事。

 それが初めて家に来た時に約束した姫白さんが俺の部屋に通うための条件。


「夜一人で出歩くのは控えるって約束、覚えてる?」


「もちろん、でも……」


 俺のバイトが終わる時間は夜の九時から九時半頃。

 時間から見ても、外が真っ暗なのは明白だ。その間今まで通りに外を出歩いていたら、うちに通ってもらっている意味がなくなる。


「俺、姫白さんが何か危ない目にあったりしたら嫌だよ。だからさ、うちに来るならここは甘んじて受け入れてほしいな。俺は全然大丈夫だから」


「そんな、私から頼んでる事なのに」


 元々そうしないために、鍵を渡す事を提案したのだから。

 これは俺のためでも、姫白さんのためでもある。


「……分かった。大路君がそう言ってくれるなら甘えさせてもらうね」


 俺は姫白さんに頷き返す。

 すると、急に彼女がこんな事を言い出した。


「あーあ、私もバイトしてみたいな〜。自分で使えるお金も欲しいし」


 高校生にもなれば、アルバイトでお金を稼ぐことができる。

 色々とお金のかかる年頃だろう。特に女の子からしたら余計にそう思うのかもしれない。


「姫白さんバイトしたいの?」


「したい、っていうか、お小遣いアップさせたいんだよね。ほら、私も一人暮らししようって考えた事あるって言ったじゃん?」


「ああ、そういえば言ってたね」


 俺の家に初めて来た時、そんな事を言っていたな。確か、家庭の事情的な理由で難しいって言ってたけど。


「それさ、中学の時に考えてた事なんだよ。一人暮らしの為にって、だからその時からバイトしたいって思ってたんだけど……」


「要は資金集めって事だよね?」


「結論からいえばそう」


 姫白さんの家庭における金銭面は知らないが、裕福だろうがそうでなかろうが、女の子が一人暮らしをしたいなんて言い出したら親は止めそうだよな。しかも、高校生なら尚更だ。


 現に俺も条件付きとはいえ、最初は親に反対されたし。


「でも、よく考えたらもう資金集めは必要ないかもしれない」


「え? どうして」


「今は大路君に助けられてるし、家に帰ったとしても今は寝に帰るだけみたいなものだから」


 そうか、今は俺の家に通っているから一人暮らし用の家は必要じゃないと言うことか。

 高校に上がってからは、夜に一人歩きして家から逃げていた訳だからな。

 彼女は元々それでいいと思っていたみたいだけど、俺の指摘で夜に時間を潰せる安全な場所が必要になった。

 それが俺の家なのである。


「大路君の家は、居心地良くて好きなんだよね。大路君と一緒にいると楽しいし、このまま住みたいくらいだよ」


「えっ」


「えっ?」


 住みたいって、それはつまり一緒に――。


 いや、そんなはずないよな。良い方向に捉えすぎだ。


「なんか変な事。私言った?」


「いやさ、急に住みたいっていうから俺と暮らしたいのかと思って……なんて。あはは」


「……!」


 俺は冗談まじりに言う。


「……そ、そっか。そうだよね、今のだとそういうことに、なっちゃうよね」


 うん、そうなっちゃうな。たぶん俺じゃなくてもそう思うんじゃないだろうか。

 ていうか、なんだその反応は。普通に可愛いんだが。


 何やら隣でごにょごにょ呟いている姫白さんが新鮮でつい視線を離せなくなる。


「……!」


 すると、ちょうどこちらを向いた彼女と目が合った。

 姫白さんは徐々に顔を真っ赤に染め上げていく。


「大路君!」


「は、はい!」


 突然の大声に思わず身体が硬直する。


「今のは違うんだよ! えーっと、過ごしやすくて良いなっていう……そういう意味だから! ただそれだけ! 特に深い意味はないからね!」


「わ、わかった」


 そんなに必死に否定されるとそれはそれで俺の胸に刺さるものがあるのだが。

 けど、そう思ってくれているのは悪い気はしない。


「とにかく! 今はお小遣いの為にアルバイトしてみたいってだけだから! バイトするのもちょっと憧れてたし!」


「う、うん。確かに自分で使えるお金が増えるのは良い事だよね」


「そうそう! ……親に許してもらえるかはわからないけど」


 少し落ち着いたのか我に帰り、あははと笑う姫白さん。


 未成年がバイトをするには親の同意が必要だ。

 厳しい親御さんの方針によっては許可してもらえない可能性もある。


「それじゃ、本当にそろそろ帰るね。一応門限あるし」


 エントランス前で、一歩前に出た姫白さんは俺の方へ振り返り手を振る。


 家にいるのが嫌いでも、門限を守るところは姫白さんらしいな。


「またね! 大路君」


「うん、また明日」


 俺もそれに応えるように手を振って姫白さんを見送った。


 名残惜しいけど、いつまでも話している訳にはいかない。今日の暇つぶしはこれで終わりだ。


「アルバイト……か」


 彼女の背中を見つめながら、何か力になれる事はないかと考える。


 ……って、お人好し通り越して少し甘やかし過ぎだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る