第9話 白雪姫は幼馴染です


「ぶーぶー。さん付けじゃなくて子供の頃みたく『雪ねーちゃん』って呼んでよー」


 雪は恥ずかしがる素振りひとつせず、当たり前のように言う。

 実際、雪は俺より学年が一つ上だから高校は違えど先輩に当たる立場の相手だ。

 しばらく会うことも無かったから、接し方を変えてみたのだが、雪はどうやらそれが許せなかったみたいだ。


「呼ばない……ですよ。その呼び方してたのも小学校上がるまでだったじゃないですか」


「敬語も禁止!」


「どうしてもですか?」


「どうしても! お姉ちゃん命令!」


「だから幼馴染だって……。はぁ、わかったよ」


 仕方ない、俺が折れるしかないか。

 俺は押しに負けて昔のようにタメ口で話すようにする。

 雪はこう言い始めると聞かない性格だからな。


「名前も!」


「……雪」


「はーい!」


 ようやく満足したのか、明るい笑顔で元気な返事をする雪。


 再会した時は何も言ってなかったのに、時が経って気になり始めたのかもしれないな。


「よくできました。いい子いい子」


「んぐっ……」


 まるで可愛いものを愛でるように俺の頭を雪が撫でてくる。

 その暖かくて柔らかい感触につい気を散らされる。


 本当に変わらないな、雪は。


「よしよーし」


「……いつまでもするのこれ」


「私が飽きるまで。飽きる事ないけどね」


「じゃあもう終わりにしてほしい。それと子供扱いもしないでくれると嬉しいんだけど」


 俺は頭に乗せられた雪の小さくて柔らかい手を優しく払いのける。


「えー」


「えーじゃないよ。俺と雪はもう高校生なんだからさ、こういう事はしない方がいいよ」


「だって、真人ちゃんとは姉弟みたいなものだし。愛に時間は関係ないんだよ!」


「勘違いされる言い方やめて……」


 雪はやる時はやる良い子なのだが、俺への接し方は昔と全く変わっていなかった。

 俺はこうして戸惑っているのに。彼女はその事にすら気付けずにいる。


「それに、無闇に男に抱きついたりするのも良くないと思うよ」


「なんで? 真人ちゃんだけにだもん」


「そういう事じゃなくて、変な噂がたっても嫌だろ。俺みたいな平凡な奴と」


「こら、そういうこと言わないの。真人ちゃんはすごいんだから!」


「それどこ情報だよ……」


「とにかく! 私は一途な女だからね。真人ちゃんは大切な人だし。 特別なんだよ、特別!」


「特別……って、それは弟としてだろ。ていうか、俺たち幼馴染ってだけなんだから。わざわざ朝早くから会いに来なくても」


「ち、ちち、違うもん! 偶然見つけただけだもん!」


 雪は昔から弟というものに並々ならぬ欲望があるようで、子供の頃は事あるごとに色々と付き合わされた記憶がある。

 ……今思うと恥ずかしい事ばかりの思い出だった。


「それよりも、また昔みたいにうちで遊ぼうよー。お母さんも今度ご飯食べにおいでって言ってたよ」


「俺は今バイトと勉強で忙しいから。申し訳ないけど、しばらくはいけない」


「えー。あっ、だったら私が真人ちゃんの家に行くのは有り?」


「無しだな」


「即答! ガーン!」


 誘いは嬉しいが、実際今は色々と忙しい。

 それに、姫白さんの事だってある。

 姫白さんがいるところに雪が来たら何を言い出すかわからない。それこそややこしくなるのは目に見えている。


「真人ちゃん今一人暮らしなんでしょー? 遊びにいーきーたーい!」


「子供か!」


 身体を左右に揺らして駄々をこねる雪を嗜める。

 すると、けろっと先程までと同じ表情に戻る。忙しい奴だな。


「むぅー、しょうがないなぁ。じゃあまた今度だね」


「うん、機会があれば必ず行くよ」


 雪もこうは言っているが、本気で来ようとはしていないみたいだ。

 俺にもプライベートはあるしな。


「でも、お姉ちゃん放っとかれると寂しすぎて死んじゃうよ」


 それは大袈裟だ。


「連絡先は教えただろ? 別に直接会わなくたって電話とかチャットくらいなら時間ある時には相手するし」


「へー、ふーん」


「何だよその反応」


 せっかくいい感じに話しが収まったと思ったのに、不服そうな顔を向けられる。


「真人ちゃん、いつも既読スルーのくせに」


「スルーっていうか。……どう返せばいいんだよこんなの!」


 俺は雪に今まで送られてきたメッセージを辿って見せる。


 雪『真人ちゃんお風呂入った?』

 雪『友達できた?』

 雪『お姉ちゃんと一緒じゃなくて寂しくない?』


 お母さんか!

 思わずそう言いたくなるようなものばかり雪からは送られてくるのだ。


「他はスタンプばっかりだし」


「可愛くない?」


 確かにこの小動物のスタンプは可愛いが……って、そうじゃない!


 雪ときたら、気に入ったスタンプを見せびらかしたいのか。そのほとんどが文章ではなく画像やスタンプばかりで返しようがないものばかり送ってくるのだ。

 それに一つずつ返答していたら埒があかない。


「とにかく、普通の会話ならちゃんと返すから。せめてもう少し返しやすいので頼むよ」


「うん、わかった! 約束だよ」


「はいはい。て、そろそろ学校行かないと時間なくなる。ほら、雪も学校あるんだろ? 早く行きなさい」


 雪は帰宅部の俺とは違い、絢爛けんらん女学院で部活にも入っているらしい。勉強に部活と、バイト一筋の俺と同じくらいに忙しいはずだ。


 それなのに、こうして会いに来るなんて俺以上にお人好しな気がする。

 俺の事を見つけたと言っていたが、ここで会うのは再会してからもう数回目。しかも、いつも同じ場所で何気ない雑談だけをして立ち去っていく。


 さすがに狙って待っていてくれているのがバレバレなんだよな。


 お互い成長しても、根本的なものは変わらないらしい。

 本当に世話の焼ける優しい姉貴分だ。


「うん! お姉ちゃん頑張ってくるね」


「ああ、またな。おばさん達にもよろしく」


「はーい」


 満足したのか雪はスマホの時計を確認してから、「真人ちゃんも行ってらっしゃい」と言葉を残して絢爛女学院の方へと急いで走って行った。


 やっぱり、偶然じゃなかったみたいだな。


「いってらっしゃい……か」


 そういえば、そんな言葉久しぶりに言われたな。

 一人暮らしをしていると、当たり前だったものがそうではなくなる。


 雪のテンションにはついていけないが、こういう時間も悪くないとそう思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る