第8話 女子校の白雪姫

 

「あの、雪……さん。朝からタックルしてこないで下さいよ」


 俺の腹部に腕を回し、ガッチリとしがみついたままの人物に俺は言った。


「えっ、違うよ真人まことちゃん!これはお姉ちゃんからの愛の抱擁だから!」


 背中越しに元気な声をあげる一人の女子高生。

 俺は、そんな彼女の事を知っていた。


「なおさらやめて下さい。ていうか、ほんと危ないからまず離れて」


 身体をグイグイと押し当ててくる彼女に対して諭すと、ようやく離れてくれる。


「ごめんごめん。つい真人ちゃんを見つけたからテンション上がっちゃって」


「せめて場所とタイミングを考えてほしいな」


 下手をすれば朝から転んで怪我をしてしまうところだった。


「人気のないところならいいの?」


「そういう事じゃないです!」


 俺は朝一人で登校するし、極力目立つ事をしたくない。

 なのに、この女子高生。白瀬雪しらせゆき――彼女の登場により、周囲の視線を集めてしまう。


 ――なあ、あれってさ、絢爛女子の制服だよな?

 ――おっ、ほんとだ。って、あれ絢爛の白雪姫じゃね!

 ――何それ?

 ――知らねーのかよ! 絢爛女子高校の白瀬雪だよ! 肌が白くてめっちゃ美人って噂だぜ。


 そんな会話が耳に入ってくる。

 えっ、何それ。俺も初耳なんだが、雪ってそんなに有名な人なの?


 ――確かに綺麗なお姫様って感じだな。

 ――隣にいる奴うちの高校みたいだけど。まさか彼氏か?

 ――いやちげーだろ。だとしたら釣り合わなさすぎだわ。


 そして、そんな会話まで聞こえてくる始末。


 まあ、当然か。俺は別に突出したイケメンとかではないからな。否定的な意見くらい出るだろ。

 にしても、雪が他校の生徒に知られるくらい有名だとは意外だ。

 そうなると、これ以上こんなところを見られれば変な噂が立ってしまうかもしれない。俺はいいが、雪に悪い。


「おはよう真人ちゃん! 途中まで一緒に行こうよ」


「あ、はい」


 彼女の耳にも届いていたのかわからないが、そんな事御構い無しといった明るい表情で、ここを離れるように促される。

 ニッコリとした笑みに俺はただ応えることしかできなかった。


「いや〜、今日もいい天気だね。こんな日は真人ちゃんにタックルするに限るね!」


 やっぱりタックルだったんじゃねーか。


「危ないからあんな事はしちゃ駄目……ですよ」


「出た! 真人ちゃんの反抗期!」


「違います。当たり前の反応ですから」


 煌びやかなブレザーとスカートを着用し、ウルフカットが映える彼女は俺が通う南沢高校の近隣にある唯一の女子校、絢爛けんらん女子高校に通う生徒である。


 どうして勉強とバイトが日課の俺が他校の女子生徒と知り合いなのかというと。


「照れる事ないのに〜。お姉ちゃんと弟の仲でしょ!」


 そう俺と雪は姉弟……ではない。


「いや、ただの幼馴染だから……」


 俺が幼稚園の頃から知っていて小学校高学年くらいまではよく一緒に遊んでいた元近所の女の子だ。


 子供の頃は、その名前と透き通るような白い肌をしている見た目からよく『白雪ちゃん』なんて呼ばれていたっけ。

 それが今や『白雪姫』に変わっているとはな。


 そんな彼女とは親同士の仲が良かった為に幼少時は長い時間一緒に過ごしたのを今でも覚えている。

 昔からずっと一緒にいたからか友達というよりかは、彼女の言う通り姉弟の関係に近かったかもしれない。

 実際は血の繋がりもない普通の幼馴染なのだが、昔から彼女は自分を俺の姉だと言い張っているのだ。


「そういえば真人ちゃん、今日ちょっと早いね。どうかしたの?」


「昨日あまり勉強出来なかったから学校でやろうと思って」


「そっかー、真人ちゃんは偉いね〜」


「あの、できればその名前に『ちゃん』を付けるのはやめてもらえませんかね」


「それは許可できません!」


 ふんっ! 鼻息を鳴らして胸を張る雪。

 なんでそんなに意思が固いのこの人。


 昔からずっとこの呼ばれ方だが、さすがにもう恥ずかしい。

 でもこの様子だと、言っても聞いてくれそうにないなこれは。


「せっかく運命の再会ができたというのに。真人ちゃんは変わっちまったぜ」


「成長したって言ってくれないですかね。それにあれは完全な偶然だと思いますけど」


 雪と俺は幼馴染だが、ずっと一緒というわけではない。中学に上がるのと同時に雪は家族と引っ越しをした。それからは特に連絡を取ることもなくお互いに新たな生活を送っていった。


 ……はずなのに、高校に上がってからまさかの再会。


 まさか俺が一人暮らしのために引っ越した先に、彼女が住んでいたなんて知るはずもなかった。


 彼女と再会したのは本当に偶然だった。


 俺がバイトを始めて一ヶ月くらい経った頃の事だ。そのバイト先のスーパーに買い物に来ていた雪に声をかけられたのである。

 偶然というものは怖い。その時にそう実感した。


 しかも、進学校である俺の通う南沢高校よりもさらに学力が高いとされる絢爛女子高校に通っているというではないか。

 それには俺も驚かずにはいられなかった。


 当時はそこまで勉強も得意ではないと言っていたはずなのに、この数年で何があったというのだろうか。

 運だけで合格できるほど絢爛のレベルは低くない。その証拠に学校の制服を着ているだけでも目を引いている。


 ――くっそー。あんな美人と話せるなんて羨ましい。

 ――しかもあの絢爛女子高校の生徒だぞ。オーラが違うよな。

 ――ああ、大人の女性っぽいよな。


 おいおい、騙されるな。見た目はそうかもしれないけど中身はまるで小学生みたいな奴だぞ。


 成長しても、中身は当時と殆ど変わっていない。

 周囲の男子にそうツッコミたくなるが、彼らの言いたい事が全くわからないわけでもなかった。


「どしたの真人ちゃんジロジロ見て、何か顔についてる?」


「いや、なんでもないよ」


「?」


 子供の頃は周りからも人気があって可愛い女の子って感じだったけど。今は綺麗という言葉の方が似合いそうだ。

 引き締まった女性らしい身体に、顔も小さくて綺麗な顔立ちをしている。本人はすごく明るい元気な性格だし、それもあるから子供の頃も人気があったんだろうな。

 今は女子校だろうから、もし共学の高校にいたのならクラスのアイドル的存在になっていてもおかしくない。


 絢爛に通う生徒は容姿のレベルが高い人が多く在籍していると噂で聞いた事がある。おそらく雪もその中の一人なのだろう。


 現に周囲からの俺への視線が痛い。


「ねぇ、真人ちゃん」


「何ですか?」


「そういえば、なんで敬語なの? こっちで初めて会った時からずっとだよね」


「それは――」


 雪は不思議そうに首を傾げて聞くが、それにはちゃんとした理由がある。


「だって、雪……さんの方が年上だし」


 雪は幼馴染ではあるが、絢爛女子高校に通う二年生。俺よりも年上なのだから。

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