第10話 二人で始める暇つぶし

 

 そして、夕方。

 昨日の約束と今朝のメッセージで話した通り姫白ひめしろさんはまた俺の家に遊びに来た。


大路おおじ君。今日もお邪魔します」


「うん、いらっしゃい」


 そうだよな。いつも外に出ていた目的地が俺の自宅に変わったとなれば当然毎日来る事になるよな。


 昨夜俺は姫白さんと友達になるのと同時に、彼女の門限までの暇つぶしの場所として俺の部屋を提供する事を約束した。


 今日も学校では姫白さんは通常通りで大半の時間を居眠りして過ごしていた。

 正午近くに起きてから眠そうな顔をして授業に参加しているのも相変わらずで、昨日みたく二人で話す事も教室ではなかった。

 俺も目立つのは嫌だし、姫白さんと友達関係にあると知られたら面倒そうだしな。

 姫白さんから声をかけられたら別だけど。できればこのまま周囲には今の関係を知られずにいた方が良いと思う。


 唯一校内で話すとしたら、今のところはメッセージチャット内でくらいだ。それすらもほとんど眠っている姫白さんからすれば頻繁にする事はないだろうな。


「この時間元気だね。姫白さん」


「学校で寝てるからねー。今はすこぶる元気だよ!」


 対して俺はこの一週間、日々の学校生活とアルバイトを終えて多少なりとも身体に疲れを感じていた。


 彼女の昼夜逆転の生活には物申したいところではあるけれど、この笑顔を前にしてはあまりそう言う事を言う気には慣れない。

 これが俺のお人好しと呼ばれる所以かもしれないな。


「そういえば、今日は私服なんだね」


「大路君から学びを得たからね」


 昨日とは違い、今日の姫白さんはラフな私服姿で、スウェットとハーフパンツという服装をしている。

 姫白さんから今日は一回家に帰ってから向かうと事前にメッセージをもらっていたため、バイトが休みの俺は先に自分の家で彼女が来る用意をしていたから未だに制服からは着替えていなかった。


「お母さんもよろしくって言ってたよ。はいこれ」


「えっ、これって」


 姫白さんは紙袋を差し出す。


「お土産だよ。昨日は手ぶらだったし、お母さんがお世話になるからって持たせてくれたんだ」


「そんな、悪いよ」


「いいのいいの。ウチのお母さんこういうの渡すの好きな人だから」


 そう言って、そのまま紙袋を手渡される。

 中身はどうやらお茶菓子セットみたいだけど、姫白さんのお母さんに気を遣わせてしまったかな。


 それよりも、今日は既にお家の方から同意を受けたうえで来てくれたらしい。

 昨日決めた約束事の一つ、行き先を家族に伝えるという事をしっかりと守ってくれているみたいで安心する。

 これが三日坊主とかでなければいいが。


「んで、私からはこれ!」


「わっ、ありがとう。ここまでしなくていいのに」


 続いてコンビニで買ったであろうペットボトル飲料やスナック菓子のいくつかが入ったビニール袋を手渡される。


「だって昨日、わざわざ帰りにタクシーまで呼んでくれたでしょ。そのお礼だよ。どこの高校かバレないようにパーカーまで貸してくれちゃってさ」


「あれは制服だったし。家まで送るって言ったのを姫白さんが断るから」


「本当にお人好しだな〜。あっ、借りた服はちゃんと洗濯して返すから安心してね」


「えっ、気にしないでいいよ」


 ほんの家に帰るまでの時間で羽織ったくらいなら別に洗濯するほどの事でもない。


「そういう訳にもいかないよ。それと今日からはちゃんと自分で歩いて帰るからタクシーも呼んじゃ駄目だよ」


「今更だけど、姫白さんの家ってどこなの?」


「駅の方だよ」


「あ、意外と近かったんだ」


 俺のバイト先の近くにはあまり来ないと言っていたからそれなりに距離があると考えていたが、最寄りの駅ならそこまで離れてはいない。意外と近所だった事に安心する。


 そんな会話をしながら、玄関からリビングへと移動した。

 お土産をリビングのテーブルに置いて二つの袋を見比べてつい口が緩んだ。


「……ふふっ」


 きっちりしたお母さんと、さっぱりとした娘。

 お母さんの方は直接会ったことはないけれど、二人のイメージがこのお土産からは滲み出ているような気がしてつい笑ってしまった。


「どうしたの?」


「ううん、何でもない。せっかくだからお茶しながら食べようか」


「だね。食べよう食べよう」


 もちろんお土産に優劣などはない。こういうのは気持ちが大事だと俺も思う。

 むしろ持ってきてくれるだけありがたいのだから。ここは美味しく頂こう。


「ねぇ大路君。今日はまだ時間早いし、何かして遊ばない?」


「別にいいけど。家で遊ぶの? 暗くなるまでなら外でもいいけど」


 今日は夕方から姫白さんが来ているので、まだ外は明るい。

 昨日より遅い時間でなければ、外出するのも一つの手だと思った。


「ううん。大路君私の事心配してくれたし、今日は外に出るのは控える事にする」


「俺はどちらでも構わないけど。ただ俺の家ってそんなに面白いものもないよ?」


「大路君とお話しできるなら平気だよ。それに、大路君の家は『安全な場所』なんでしょ?」


「確かに昨日はそう言ったけども……」


 まさかこうして連日遊びに来る事になるとは思ってなかったからな。


「俺も一応男なわけだし」


「私は大丈夫だよ。大路君優しいし二人きりだからって何かしてくるわけでもないでしょ?」


「それはもちろん」


 彼女を守るために提案をしたのに、俺が姫白さんに手を出したら意味がなくなる。


「ならいいじゃん。まあ、私も意識しない事はないけど」


 姫白さんが俺を見ながら言葉を続ける。

 その顔は少し恥ずかしそうで、赤くなっていた。


「それって、どういう」


 俺が男という認識があまりないんじゃないかと心配にもなったが、ある程度は姫白さんも意識してくれているのだろうか。


「ああいうのとか……」


「ああいうの?」


 そこでチラッと姫白さんはベランダの方を見る。

 俺もその視線の先を目で追った。


 そこには、ベランダに吊り下げられたヒラヒラとした布たちが風に揺られていた。


「うわぁっ! 洗濯物干しっぱなしだった!」


 ベランダの物干しには、俺が今朝学校へ行く前に干して行った洗濯物(主に下着)が掛けられたままだった。


 俺は慌てて洗濯物を取り込み、姫白さんの目の届かない場所へと持っていく。


「ご、ごめん! 完全に忘れてて気が回ってなかった!」


 これってセクハラになるのか⁉︎ お縄になっちゃうか俺!


 あまりの恥ずかしさから気が動転してしまい冷静な思考ができなくなっている。


「う、ううん。気にしてないよ、大丈夫……。それに」


「……それに?」


「大路君。可愛い柄の下着履いてるんだね」


 真っ赤になった顔を両手で隠して、指の間にできた隙間を通して俺を見る姫白さんからそんな言葉が出る。

 フォローのつもりなのだろうかわからないが、今の俺には焼石に水である。


「お願いします。今見たものは忘れてください」


 彼女の視線の先は、俺の手元にある猫の肉球が散りばめられたパンツへと向いているように感じた。


 俺はそれを後ろに隠し、家に帰ってきたばかりの自分を叱りたい衝動に駆られる。


 姫白さんが来るのならこういうところにも気を配らないといけないな。

 それと、もう少し衣類には気を遣おう。……特にデザインには。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る