学校で眠ってばかりのシンデレラは、今日も俺の家で甘えるそうです
桃乃いずみ
第一部
第1話 隣の席のシンデレラ
クラスに入ると既に半分近くの生徒達が登校していた。
私立
入学してから二カ月。進学率が高い事で有名なこの学校には文武両道の学生が多く在籍している。
この高校を選んだのはもちろん良い大学に進むためだ。だが、一番に惹かれたのはそこではない。進学先の決め手となったのはアルバイトが可能という点だ。
学業に力を入れる進学校にしては珍しく社会勉強にも寛大で、入学してからすぐにでもアルバイトをする事が許されている。
一年の内からアルバイトを始める生徒はごく少数だが、その中の一人には俺――
「お! 相変わらず早いな真人」
「ん、おはよう拓也」
席に着くと前の座席に座る男子生徒が声をかけて来た。
彼の名前は
クラスに知り合いがおらず、輪に入れずに一人でいた俺に声をかけてくれたのが彼だ。俺にとっては今の所、この高校で唯一の友達と言ってもいい。
といっても彼自身、入学式早々で遅刻してきて友達作りに出遅れて困っていたらしく、偶然余った俺と仲良くなったわけだが。話も合い、意気投合して今の関係を築けている。
ただ、一人でいる事が多い俺とは違って他の生徒ともすぐに仲良くなれたらしい。おかげで、俺以外の友達も多くいるようだ。
「拓也も十分早いよね」
「俺は朝練があるから強制的にみたいなとこあるけどな」
そういえば、先週から大会に向けて朝も練習してるって言ってたな。
まあ、帰宅部の俺には無縁な話だけど。
「バスケ部だっけ。どんな感じ?」
「一年はとりあえず体力作りだー! って、毎日走らされてるよ。ボールにもなかなか触らせてもらえねーし」
「大変そうだな……。ふわあぁ」
話をしながら椅子に腰掛けた途端に眠気に襲われる。
決して拓也との話しがつまらないとかではない。これには理由がある。
「
「昨日もバイトで帰り遅かったから」
「放課後働いてるんだろ? 結局部活も入らなかったって言ってたよな」
「うん、別に入りたいところもないし。元々バイトするつもりだったからさ」
俺は自宅から最寄りのスーパーで週のほとんどはバイトをしている。
その中でも平日は、学校があるからあまり長くは働けないものの、学生が勤務できるギリギリの時間まで働かせてもらっていた。
つまり、俺にとっての部活は今のアルバイトそのものである。
「そっか。まあ、気が向いたらどこか遊びにでも行こうぜ。お互い部活にバイトで忙しいだろうけどさ」
「分かった。その時は頼むよ」
「おう! ……って、席に着いて早々何やってんだ?」
机の上で参考書とノートを開くと、不思議そうな顔で拓也は俺の机を覗き込む。
「何って勉強だよ。昨日は帰ってからすぐ寝落ちしちゃったし。バイトがある日は次の日の朝くらいしか勉強の時間取れないから」
「て事は、今日もバイトか」
「うん。だからその分を今やろうと思って」
俺は前回の続きのページから目を通して、勉強を始める。
「さすがは学年二位はやる事が違うな」
「やめてよ。俺が狙ってるのは一位なんだから」
俺はこの学校の特待生枠を狙っている。
この進学校での特別優遇措置。毎年新二、三年生から一人づつ選出される特別枠で、年間で成績と内申点がトップになった生徒の学費を免除するというもの。
さらに、一度でも特待生になれれば進学する大学からの待遇も良くなると聞く。
前回の中間テストでは惜しくも学年一位には届かなかったが、次の期末テストこそはと俺は気合を入れていた。
「お前、本当に俺が誘ったら遊びに行けるんだよな」
「だからこうして今も勉強してるんだよ。休日に自由な時間を作れるくらいには努力してるつもりだから」
「けど、今のところその自由な時間はバイトなんだろ?」
「まあね」
「はあ、俺はいいけどさ。お前がそんなだといつまでたっても他に友達できねーぞ。大きなお世話かもしれないけどな」
「…………」
確かに拓也の言う通りだ。
でも、そんな俺にもこうして接してくれる彼の存在は大きかった。
「……ありがとう」
「別にお礼を言われる程の事を言ったつもりはねーよ」
話の通り、未だに拓也以外の友達はできていない。
当然俺にとって勉強は大事だ。しかし、一人の男子高校生として、勉強以外にまったく興味がないというわけでもない。
もちろん、友人とのコミュニケーションや恋愛事情といった青春の一ページに数えられる事柄について考える事もある。
「……すー」
「んで、そんなお前に今のところ学力で勝ってるお姫様はこうして寝ているわけだけど」
俺の隣の席で、小さな寝息を立てて机にうつ伏せになる人物がいた。
彼女は、
つまり、彼女が来年の特待生枠に今一番近いと言ってもいい。
「……んん」
さらさらとした栗色の長い髪と、制服の袖口から真っ白な肌が覗く。
今は寝てるから顔はよく見えないけれど、容姿もかなり良い。入学してすぐの頃は、可愛いとよく噂されていたものだ。
「姫白さんって、いつ勉強とかしてるのかな」
「だよな。朝早くから学校には来てるみたいだけど、結局いつも昼過ぎまで寝てるもんな。俺なんて話した事すらねーし」
「俺も隣の席だけど一度もないよ」
俺が学校に来る頃には、すでに自分の席でこのように寝ていて。一限から四限の終わりくらいまでは決して起きる事がない。
誰がつけたのかは知らないが、別名『お昼時のシンデレラ』。なんて呼ばれている。
たぶん午後十二時頃に目を覚ますからだろうけど、中には拓也のように愛称でお姫様と呼ぶ人もいるみたい。
「起きてる時に話しかけても上の空って感じらしいぞ」
「ああ、その辺は知ってる」
彼女が昼過ぎの授業をとても眠そうにして聞いているのを、隣の席にいる俺は何度も目撃している。
入学当初は男女に限らず仲良くなろうとした人は多くいたみたいだけど、休み時間に話しかけても起きないし、昼休みも一人でどこかへ行ってしまう。
学校が終わるとすぐに教室から居なくなるから、校内での交友関係もそこまでないらしい。
可愛いという噂は流れたが、すぐにめちゃくちゃ寝る人だと言う事でその話題も収まった。
いわゆる高嶺の花とはちょっと違った近寄り難さがあるのが姫白さんなのである。
「仮にも進学校だっていうのに、よく先生たちも許すよな」
「勉強ができるからね。この学校で全教科満点取る生徒なんて前代未聞らしいよ。だから、先生たちも強くは言えないのかも」
「お前はなんとも思わねーの? 頑張って勉強してるのに」
「全く気にしないわけではないけど。内申点では勝ってるだろうから」
「ああ、なるほどな」
いくら成績が良くても、特待生枠を手に入れるためには内申点も関わってくる。
だから、授業中寝ている姫白さんにはそこで勝てているだろうから、嫉妬というものはない。たとえ負けたとしても、俺がもっと頑張ればいいだけだしな。
むしろどんな勉強方法をしているのか、教えて欲しいくらいに彼女には逆に興味がある。
「拓也ー」
「っと、呼ばれたから行くな」
「うん」
席を立つ拓也を見送り、隣で居眠りする姫白さんを見る。
「すぅー」
とても気持ちよさそうに熟睡している。
ここまでだともはや、居眠りというにはあまりにも寝過ぎで少し心配になる。
家でちゃんと寝れてないのかな?
「っと、勉強勉強」
それから俺は、チャイムがなるまで自分の勉強を続ける。途中、拓也と話をしながらではあるが朝から有意義な時間を過ごす事ができた。
こうして今日も学校とアルバイトの一日が始まるわけだが……。
――しかし、この日は少しだけ違った。
夜に待っている『シンデレラ』との出来事を、この時の俺は想像すらしていなかったのだ。
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