企みを台無しにしてやることにしました。

「それで、どちらに向かっていらっしゃるのですか?」


 王立学院の廊下を歩く中、クリスティアがどこか楽しげに尋ねる。


「もちろん、僕とあなたが二人きりになれる場所です」

「まあ……悪い人」


 なんてやり取りをしながら到着したのは、十二年前……いや、今は『エンハザ』本編開始から二年以上前だから、十年前か。とにかく、かつて学院の生徒による殺傷事件があった、現在は開かずの間となっている倉庫だった。


「少々ほこりっぽいですが、ここなら誰にも邪魔はされません。時間の許す限り、ゆっくり語り合いましょう」

「うふふ……まさかハロルド殿下が、このように情熱的な御方だとは、思いもよりませんでした。これは、殿下の評価を改めないといけませんね」

「光栄です」


 僕は胸に手を当てて一礼すると、扉を開けた。


 そこには。


「ハロルド殿下、ご苦労様でした。あとはこちらでお引き受けしますよ」


 僕達よりも先回りしたロレンツォが、ニタア、と口の端を吊り上げて待ち構えていた。

 使節団とは別の、武器を携帯した者達を従えて。


「っ!? ハロルド殿下!?」

「申し訳ありません。サルヴァトーリ猊下げいかが、どうしても聖女様をここへお連れしてほしいと、そう頼まれてしまいまして……」


 困惑した表情で振り返ったクリスティアに、僕はわざとらしく苦笑してみせた。

 そう……この倉庫こそが、『聖女誘拐事件』の舞台となった場所。


 ロレンツォは、クリスティアの誘拐を決行するよりもかなり前から、用意周到に準備をしていた。

 あらかじめ部下を王都に潜入させ、王立学院内においても誰も使用していないこの倉庫に目をつけておき、ここから連れ去るためのルートも確保してある。


 あとは、港町から船で拘束したクリスティアとともに聖王国へと戻り、彼女を盾にクーデターを成功させ、一気に実権を握るというのが、計画の全容だ。


 このことは、クリスティアのメインシナリオを全てクリアしている僕は当然ながら知っていたけど、まさか本編から二年以上前のこの時点で、既に準備が整っていたなんて思いもよらなかったよ。


「ハロルド殿下、本当にお見事でした。このロレンツォ=サルヴァトーリ、お約束どおり殿下への支援を惜しみません」

「クハハ! だけど、そのためにはサルヴァトーリ猊下げいかには、クーデターを成功していただかないといけませんけどね」

「もちろんです。ですが、聖女がこちらの手にある以上、それは容易たやすいこと。ハロルド殿下は、どうかその時を楽しみに待っていてください」


 そうかー。聖女がいれば、クーデターって成功するのかー。


 だったら。


「残念ながら、その機会は永遠に訪れませんけどね」

「え……?」


 ――ドンッッッ!


「サルヴァトーリ枢機卿すうききょう! ……いや、大罪人ロレンツォ=サルヴァトーリ! 神妙に大人しくしろ!」


 突然、倉庫の壁……ではなく、ロレンツォが事前に準備していた隠し通路の扉を突き破り、カルラが勢いよく倉庫の中へ突入した。


「これは……っ」

「悪いね。せっかくなので、サルヴァトーリ猊下げいか……ああいや、今はただのロレンツォか。貴様が用意しておいたもの、全てこちらで活用させてもらったよ」


 そう……この男が本編シナリオに先駆けて『聖女誘拐事件』を実行することを把握した時点で、僕はそれを阻止することに決めた。

 『エンハザ』の本編が始まってからなら、おそらくウィルフレッドが解決することになるだろうから放っておいたかもしれないけど、ラファエルのせいで使節団のホストをする羽目になってしまった以上、僕が直接解決するしかなくなったんだよ。


 だって、『聖女誘拐事件』が実行されたら、責任を取るのは僕になるし、下手をしたらサンドラとの婚約を解消させられてしまうかもしれない。そんなの、絶対に駄目だ。


「そういうことだから、僕が貴様の依頼を逆手に取って、台無しにすることにしたんだ」

「…………………………」


 ロレンツォは、忌々しげに僕を睨みつけた……かと思ったら。


「はは……これはしてやられました。まさか『無能の悪童王子』と呼ばれるあなたが、こんなに知恵が回るとは思いませんでしたよ。それに、ここまで周到に用意した準備まで、全て台無しにされてしまうとはね」


 相変わらず涼やかな笑みを浮かべ、余裕を見せるロレンツォ。

 こうなれば、残された道は破滅しかないというのに。


「まあ、いいでしょう。今回は・・・失敗に終わりましたが、次の機会に期待します」

「「「っ!?」」」


 ロレンツォの身体がまるでもやがかかったようになり、徐々にその姿を消していく。

 どうやらイベントボスらしく、ロレンツォは固有スキルの【ルスヴン・ミスト】を使用したみたいだ。


 だけどさあ。


「っ!? な、なぜ……!?」

「簡単なことです。愚かなあなたを逃がすまいと、私のハル様が、事前に逃げ道を塞いでおりますから。それはもう、窓にほんの僅かな隙間も残さずに」


 カルラが登場した隠し通路から現れたのは、『バルムンク』を携えたサンドラと、その後ろに控えるモニカだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る