信頼の厚い訳あり侍女 ※アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエ視点

■アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエ視点


『僕は、僕自身と大切な女性ひとを守れるような、そんな強い男になりたいんです。別にかっこよくなくても、泥臭くてもいい。でも、どんな時でも、どんな奴が相手でも、大切なものを絶対に守れるような、そんな強さが欲しい』


 王宮からシュヴァリエ家のタウンハウスへと帰る馬車の中、私は胸に刻んだハロルド殿下のお言葉を、心の中で何度も反芻はんすうします。

 ですが、それは当然のこと。愛しい御方が、この私を守るために強くなりたいと、はっきりおっしゃってくださったのですから。


「ふふ……やはり、ハロルド殿下はあの時・・・と変わっておりません。それどころか、ますます素敵になっておられます」


 幼かったあの頃、弱い私を救ってくださったのは、他ならぬハロルド殿下。

 だからこそ私は、シュヴァリエ家としてではなく、あの御方のために強くなりたいと、血のにじむような修練の日々を重ねてきたのですから。


 もちろん、それだけではありません。

 いつ、どのような時にお逢いしても、決してハロルド殿下を幻滅させないようにと、公爵家の令嬢として恥ずかしくない礼儀作法、それに知識も身に着けました。


 これからはハロルド殿下の唯一の婚約者として、存分に発揮させていただきます。


「ですが……ハロルド殿下には、お味方がいらっしゃらない……」


 王宮の者があてがった、マリオン=シアラーという女。

 おそらく、ハロルド殿下と年齢が近いという理由のみで専属侍女となったのでしょうが、あの者も世間の評価だけを鵜呑みにし、あの御方の本当の姿を見ようともしなかった。


 ……いえ、正しくは利用価値・・・・がない・・・と判断して、切り捨てたのでしたね。


 当たり前ですが、私はあの女を許しません。

 すぐにシュヴァリエ家として王宮に抗議するための手続きをしましたが、それよりも先にハロルド殿下があの女を専属侍女から外し、それどころか『けがれた王子』であるウィルフレッド=ウェル=デハウバルズにあてがったとのこと。


 あのようなくずにはお似合いの女ではありますが、引き続き王宮内で侍女として勤務できるように取り計らわれたハロルド殿下は、少々甘いと思います。


 え? それでハロルド殿下に幻滅したか……ですか?

 まさか、そのようなことがあるわけがありません。それどころか、変わらずお優しいあの御方の心根を知ることができて、ますます思いを強くいたしました。


 ただ。


「……また、同じようなことが起こらない、とは限りませんね」


 あの女がハロルド殿下の専属侍女から外れた以上、次の専属侍女が用意されることでしょう。

 ですが、またあの御方を傷つけるような最低な女がやってこないとも限りません。いえ、次の者も同じように、ハロルド殿下に無礼を働くことは目に見えています。


 なら……あの御方に尽くし、よからぬ者を遠ざける者を専属侍女として用意すればいい。


「そうなると、やはり彼女しかおりませんね」


 幼い頃から私に仕え、時には姉のように接してくれた侍女。

 代々シュヴァリエ家に仕えた一族の末裔で、侍女としての能力だけでなく、暗殺術を極めた彼女ならば能力的にも申し分ありません……のですが。


「ハア……彼女がハロルド殿下によからぬことをしでかす未来しか見えない……」


 困ったことに、彼女は主君である私にすらも平気で揶揄からかうような、困った性格の持ち主なのです。

 私も何度、彼女にはずかしめを受けたことか。


 あ、もちろん彼女は、私やシュヴァリエ家に絶対的な忠誠を誓っておりますし、間違っても牙をくようなことはいたしません……よね? 少々不安になってきました。


 いずれにせよ、彼女からすればハロルド殿下は格好のオモチャ・・・・。確実に悪ノリして、あの御方を惑わせるに違いありません。


「しっかり釘を刺しておきませんと」


 そう決意し、私は胸の前で拳を握りますが、おそらく意味はないでしょうね……。

 とにかく、彼女が専属侍女になれば、ハロルド殿下の周辺が守られます。今はそれでよしとするしかありません。


 そんなことを考えているうちに、馬車がシュヴァリエ邸の玄関に横付けされました。


 そして。


「お帰りなさいませ。お嬢様」


 胸に手を当て、深くお辞儀をして出迎える侍女。


 ――彼女こそ、ハロルド殿下の専属侍女となる、“モニカ=アシュトン”です。

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