やっぱり最推しの婚約者は最高でした。

「かひゅ……かひゅ……と、ということで、マリオンはウィルフレッドの専属侍女になり、ました……」


 息も絶え絶えで訓練場に転がりながら、僕は昨夜の顛末についてアレクサンドラに説明した。

 マリオンや夕食会のことだけでなく、侍女長に彼女の処遇について伝えたことも。


 だけど、『あの女は罰として、ウィルフレッドにくれてやることにした。優しいだろ?』なんて小悪党よろしく、下卑げひた笑みでそんなことをのたまってみたんだけど、その時の侍女長の微妙な表情は傑作だったなあ。これでますます、僕の評判が悪くなったことは間違いないね。切ない。


「そうですか」


 僕とは正反対に、あれだけの動きを見せていたにもかかわらず、涼しげな様子のアレクサンドラ。

 彼女の強さは、メインヒロインよりも上だと思います。


「ですが、やはりハロルド殿下は少々甘いと思います。有無を言わさずに追放してしまったほうが、後々わずわしい思いをすることもありませんのに……」

「あ、あははー……」


 サファイアの瞳でジト目を向けられ、僕は苦笑する。

 確かに、追放してしまえば今後関わりになることもないし、ひょっとしたら『エンハザ』本編が始まってからも、登場しなくなるかもしれない。


 だって、マリオンが『エンハザ』で登場して主人公と出逢うのは、王立学院で起きるイベントによってだから。

 おそらく、彼女は王宮の侍女として稼いだお金があったからこそ、王立学院に通うことができたんだと思う。


 せっかくフラグが一つ減る可能性があったのに、これじゃアレクサンドラの言うとおり甘いと言わざるを得ないよね。

 しかも、本編が始まる前にウィルフレッドとくっつけたんだから……って。


「アアア、アレクサンドラ殿!?」

「ふふ……ですが、そんなあなた様の優しさが、私はとても好ましいです」


 僕のすぐそばに来た彼女が、なんと膝枕をしてくれた。

 というか、最推しの彼女にこんなことしてもらえるなんて、変な死亡フラグが立ったりしてないよね?


 だけど……『エンハザ』のハロルド、よくこんな最高の女性であるアレクサンドラに、婚約破棄なんてできたよな。僕には信じられないよ。


「そういえば話は変わりますが、ハロルド様はどのように強くなりたいのですか?」

「え?」

「例えば剣士を目指すのか、それとも魔法使いなのか、扱う武器も様々ありますし、選択肢は限りなくあります。今は基礎体力をつけることを最優先に訓練しておりますが、今後のことを考えれば、あらかじめ目標を定めておいたほうが効率的に訓練を行うことができますから」

「あー……」


 僕がどうなりたいか、か……。

 そういえば、僕は『エンハザ』内でのハロルドの能力値を知っているから、それをカンストさせることと唯一の取り柄である魔法関連の能力値を活かすことを前提に考えていたなあ。


「……実は、僕はこれまで、とにかく強くなることだけを考えていて、どうなりたいかとかよく考えていませんでした。それに、僕は体力もなくて武術は向いてなさそうですし」


 いやあ、ハロルドの能力がピーキーすぎるということもあるし、手に入れることができる武器によって戦闘スタイルも変わるから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。


「そうでしたか。確かに人は誰しも向き不向きがございますが、それでも、自分が何になりたいか、何を成したいのか……そんな想いが、何よりも人を強くすると、私は思います。だから、最初から選択肢を狭める必要もないかと」


 そう、だね……。

 この世界は、前世の僕が何よりも大好きだった『エンゲージ・ハザード』なんだ。


 このゲームを初めてプレイした時……は、完全に二次元のヒロイン目的だったけど、それでも、チュートリアルを終えて内容を知った時は、まるで子供みたいにワクワクしたのを覚えている。

 多分僕は、『エンハザ』に慣れ親しみ過ぎたせいで、効率ばかりを求めすぎてしまっていたんだな。


 だったら。


「アレクサンドラ殿……僕は、僕自身と大切な女性ひとを守れるような、そんな強い男になりたいです。別にかっこよくなくても、泥臭くてもいい。でも、どんな時でも、どんな奴が相手でも、大切なものを絶対に守れるような、そんな強さが欲しい」


 そうだ。僕は前世の記憶を取り戻し、腰巾着で最低な噛ませ犬以下の存在だと知って、フラグをへし折って絶対に生き残ると決めた。

 あの『エンハザ』のプロローグみたいに、一番好きだったヒロインですらない婚約者を……アレクサンドラ=シュヴァリエを、絶対に婚約破棄なんてしないって決めたんだ。


 それが、僕が強くなりたい理由だから。


「守りたいもののために……守りたい女性ひとのために、ですか……」


 どこか頬が赤いアレクサンドラが、僕の言葉を反芻はんすうするように呟く。


「ふふ……守りたいものの中に、ちゃんとあなた様ご自身も含まれていることが、何よりも素晴らしいですね。では、私が絶対にあなた様を、そんな御方に鍛えてみせます」

「あ、あはは……お、お手柔らかにお願いします……」


 瞳を輝かせて意気込む彼女を見て、僕は一抹いちまつの不安を覚える。


 そして案の定、この日から彼女による訓練は凄惨を極めることとなった。

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