最推しの婚約者は僕のゴミを盗む変態でした。

「……以上、報告となります」


 朝の着替えを済ませる中、モニカが僕を取り巻く現状について報告してくれた。

 彼女には、カーディスとウィルフレッドのこともあり、シュヴァリエ家を通じて定期的に王宮周辺を調査してもらっているんだけど……。


「いやあ、さすがにあからさま過ぎじゃないかな」

「そうですね。少々大人げないかと」


 一週間前のカーディスとの話し合い? と呼んでいいのか分からないけど、あの時に僕達兄弟の関係の断絶が決定的となり、カーディス派の貴族からの僕に対する批判がすごいことになっているらしい。


 しかも、報告によると貴族達を扇動しているのはカーディス自身とウィルフレッドのようで、それだけ僕のことを恨みに思っているみたい。


 ……ちょっと違うか。カーディスは、僕みたいな『無能の悪童王子』に結果としてないがしろにされたことが、許せないんだ。

 このことからも、いかに僕のことを下に見ていたのかがよく分かるよ。


 ウィルフレッドに関しては、これまでの意趣返しに加えて、カーディスの右腕としての地位を盤石にするためって思惑もあるのかな。興味ないけど。


 いずれにせよ、あの二人とは完全に敵対関係にはなったものの、どうせ僕は王子という地位を捨てるつもりだし、少なくとも『エンハザ』における『世界一の婚約者探し』からはフェードアウトするので、別に困らないけどね。


「いずれにしましても、お嬢様がハロルド殿下の婚約者であらせられる限り、王家が殿下に手出しすることはないのですが」


 え? ちょっと待って?

 モニカ、今サラッとすごいこと言わなかった?


「ええとー……その場合、僕がサンドラと婚約を解消してしまったら……」

「当然、王家は盛大に牙をいてくるでしょう。食事に毒を盛られるか、それとも暗殺者を送り込まれるか、あるいは……」

「モウヤメテ」


 やはり僕が生き残るためには、サンドラとの婚約関係を維持し続ける以外に方法はないみたいだ。

 もちろんそれは望むところではあるものの、自業自得とはいえちょっと切ないものがある。


「ご安心ください。今さらハロルド殿下に逃げ道はございません。万に一つでもお嬢様との婚約を破棄されましたら……いえ、そんな未来はあり得ませんね。婚約破棄を宣言する前に、そのようなことができないように、お嬢様が殿下の口を塞ぐでしょうから。物理的に」

「なにそれ怖い」


 最推しの婚約者の別の顔なんて知りたくなかった。

 それ、つまりはヤンデレってことじゃないか。知ってたけど。


「ちなみに、お嬢様がご一緒ではない時のハロルド殿下の行動については、全て私が報告しております。何を食べたか、いつお休みになられたか。どんな寝言を言っておられたか」

「もうお婿に行けない」


 僕は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆い隠す。

 それってつまり、モニカが僕の寝室に忍び込んでいるってことだよね? メッチャ恥ずかしい。


「今頃もお嬢様は、殿下がお捨てになられたごみ・・を持ち帰り、そのにおいを嗅いで思いを馳せておられることだと……」

「……モニカ。死ぬ前に言い残すことはありませんか?」

「ヒイイイイ」


 いつの間にか部屋にいたサンドラが、三日月のようにニタア、と口の端を吊り上げ、普段は飄々ひょうひょうとしているあの・・モニカが悲鳴を上げる。

 え? どうして彼女がここにいるの? メッチャ怖い。


「ハル様も、モニカの話を鵜呑みになさらないでくださいませ。さすがに私も、そのようなことをするはずがありません」

「お嬢様、痛い、痛いです」


 あっという間にモニカを組み伏せてこめかみをぐりぐりするサンドラが、凛とした表情で訴えた。

 いや、すごく綺麗ではあるけれど、その体勢や会話の内容とのギャップがすごい。


「ええと……つまり、僕のごみを持ち帰ったりはしていないってことでいいんですよね?」

「それはもちろん……」

「あれ? この前ボク、サンドラからハルが捨てたごみが欲しいってお願いされて、たくさんあげたよ?」


 はい、ダウト。

 サンドラ、僕のごみを持ち帰って何をしているのかな? 顔を逸らさないでちゃんと答えてほしいなあ。


「サンドラ」

「だ、だって仕方ないではありませんか! 屋敷に戻ってしまえば、次の日の朝まで私は耐えなければならないのですよ!? でしたら、その程度のことは許されて当然です!」

「キャス。今度同じようなことを頼まれた時は、すぐに僕に教えてくれるかな? あ、モニカがごみを処理する時にもね」

「う、うん……」


 恨めしそうにこちらを見るサンドラの視線に気づかないふりをして、キャスは返事をした。

 とにかく、これからはごみを厳重に管理することにしよう。サンドラもモニカも信用ならない。


 ハア……朝からメッチャ疲れた。

 着替えを済ませた僕は溜息を吐き、バツの悪そうに顔を伏せるサンドラの手を取って、朝食を食べに食堂へ向かった。


 その途中。


「これはこれはハロルド殿下、おはようございます」


 どこかご機嫌な様子のマリオンが現れ、優雅にカーテシーをした。

 それも、いつもの侍女服ではなく、貴族令嬢のようなドレスを身にまとって。


 ……って、そういえば彼女も伯爵令嬢だったよ。忘れてた。

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