僕は今日、生まれて初めて母の温もりを手に入れました。

「まあまあ! それではハロルド殿下は、あの伝説の災禍獣キャスパリーグを従えておられるのですね!」

「そ、そうなるんでしょうか……」


 はい、ハロルドです。

 僕は今、ノーマ夫人から質問攻めに遭っております。しかも二時間も。


 ちなみに、魔獣ヘンウェン討伐の話題をモニカが振ったせいで、その時のことを説明している最中です。

 おかげでキャスが、僕の膝の上でメッチャドヤ顔していますとも。


 一方で。


「「…………………………」」


 僕の話なんて聞いてもつまらないであろうシュヴァリエ公爵とセドリックは、ずっと白目状態だよ。ご愁傷様。


「ですけど、魔獣ヘンウェンを討伐しただけでなく、『聖女誘拐事件』の解決まで動いておられたなんて、やっぱりなんて当てにならないわね」

「あ、あははー……」


 いえいえ、『無能の悪童王子』の噂だって、間違いじゃありませんよ?

 ただし、前世の記憶を取り戻す前の話ではありますけど。


「そうなんです、お母様。ハル様はこんなにも素敵な御方だというのに、周囲の者達の目がいかに曇っているか……本当に、腹立たしいかぎりです」

「「…………………………」」


 拳に力を込め、眉根を寄せて力説するサンドラ。

 それとは正反対に、バツの悪そうに目を伏せるのはシュヴァリエ公爵とセドリック。いや、別に二人は悪くないと思うよ。


「それにあのくず……ウィルフレッドは、先の『聖女誘拐事件』におきましても、ハル様の手柄を横取りし、国王陛下の指示による喧伝もあって、まるで英雄扱い。到底許せるものではありません」


 ブンブン、と拳を振り回すサンドラの仕草が可愛すぎて、僕はさっきから悶絶しそうになるんだけど。


「アレクサンドラ。そういったことは、ちゃんと見ている人がいるものです。それに、何より婚約者であるあなたがしっかりと見てあげなさい。それだけで、ハロルド殿下は百万の味方をつけたようなものですよ」

「お母様……はい」


 おっとりした感じだなあって思っていたけど、ちゃんと芯の強さもあって、まさにお母さんの鏡みたいな女性ひとだ……って。


「……ノーマは私の妻だ」


 いやいやいやいや。なんで嫉妬剥き出しで、僕を見ながらそんなことを呟くんですかね。

 そもそも僕は最推しの婚約者一筋なんですけど。


 だけど。


「えへへっ」


 うん……シュヴァリエ家って、王国の最大貴族なのにみんな仲良くて、素敵な家族だよね。

 温かい雰囲気に包まれて、楽しくて思わず笑っちゃったよ。


 王宮ではカーディスのスペアにすらなれない存在で、どれだけ媚びへつらっても相手にしてもらえなくて、ただ無能の烙印を押されて。

 父のエイバル王は言わずもがな、母であるマーガレットにも一切振り向いてもらえなくて、結局、最低な『無能の悪童王子』に成り下がるしかなかった僕には、絶対に手に入らないもの……なん、だ……って。


「あ……そ、その、ノーマ夫人……?」

「うふふ……ハロルド殿下は、今まで本当に頑張ってきたのですね。頑張って、頑張って、頑張って、たとえ家族の温もりを得られなくても、それでも、いつか振り向いてもらえると信じて」


 突然、ギュ、と抱きしめられてしまい、僕はどうしていいのかと困惑してしまう。

 そんな僕にノーマ夫人は、耳元で優しくささやきかけた。


「ハロルド殿下。あなたは私の可愛い娘アレクサンドラの夫になる御方。なら、あなたも私の可愛い息子ですよ? だから、これからはたくさん甘えてちょうだい。私は母として、ずっと頑張るあなたを見ています」


 ほ、本当にいいの、かなあ……。

 だって、実の母親にさえ優しくしてもらったことのない僕が、サンドラの母君に甘えるなんて……。


「えいっ」

「わぷっ!?」


 さらにギューッと強く抱きしめられてしまい、僕はノーマ夫人の胸に顔をうずめる格好になってしまった。

 柔らかくて、温かくて、いい匂いがして、離れたくなくて、ずっとこうしていたくて。


「可愛い可愛い、私の息子。母は、ずっとあなたを見ています」

「うん……うん……っ」


 気づけば僕は、ノーマ夫人を抱きしめていた。

 実の母親から与えてもらったことのない温もりを……この十四年分の寂しさだけでなく、前世の分を含めてめるように、ありったけの想いを込めて。


 僕が……ハロルドが、サンドラの婚約者で、本当によかった。


 僕がハロルドで、本当によかった。

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