僕とサンドラの婚約は条件付きでした。
「それで……ハロルド殿下は、臣籍降下した上でシュヴァリエ家に婿養子したいと聞いたのだが……」
ひとしきり母の温もりを堪能した僕に、シュヴァリエ公爵がどこか複雑な表情で尋ねる。
あれかな? ノーマ夫人を独り占めしたから、
「はい。あんな王宮にも、王族という身分にも一切未練はありません。……いえ、むしろあんなところ、さっさと逃げ出したいです」
僕は自分の思いを、包み隠さず話した。
そうだとも。ただ苦しいだけの……ただつらいだけのあんなところなんか、これっぽっちもいたくない。
「ふむ……」
シュヴァリエ公爵は、その糸目を開いてジロリ、と僕を見ると、考え込んでしまった。
……まあ、僕みたいな厄介者の『無能の悪童王子』の婿入りなんて、シュヴァリエ公爵にとっては迷惑でしかないか。
それに、ひょっとしたら僕とサンドラの婚約にも、エイバル王との関係強化とか、政治的思惑があったのかもしれない。
僕の申し出は、そういったことを全て台無しにするものだから。
「……お父様、ハル様が婿入りすることに、なんの不満があるというのですか」
「い、いや、そういうことではない。ただ、ハロルド殿下を婿に迎えるのは構わんのだが、色々と面倒なことになるかもしれんのだ」
「まあまあ、それはどんな?」
「うむ……」
シュヴァリエ公爵はその糸目を閉じ……ているで、いいんだよね? 目を閉じて、
僕とサンドラの婚約については、サンドラのたっての希望により、(不本意ではあるものの)シュヴァリエ公爵側から願い出たものだということ。
最初、エイバル王はそのことに妙に難色を示していたらしく、それでも、やはり王国最大貴族であるシュヴァリエ公爵の頼みを
しかも、王家とシュヴァリエ家が婚姻関係を結ぶことは、王国内部の安定を図る上でもメリットは大きい。
結局のところ、エイバル王は申し出を受け入れ、晴れて僕とサンドラは婚約した。
ただし、二つの条件を付けて。
一つ目の条件は、もし僕とサンドラの関係が悪化した時には、お互いが自由に婚約破棄できるというもの。もちろん、婚約破棄をしても責任を問われることもないとして。
シュヴァリエ公爵とすれば、僕とサンドラの婚約にも納得していないので、二つ返事で了承した。
そして、もう一つの条件というのが。
「……ハロルド殿下と婚約破棄となったあかつきには、他の王子と婚約させる、というものだ」
「「「「は……?」」」」
僕だけでなく、シュヴァリエ公爵を除く全員が、思わず呆けた声を漏らした。
何だよそれ。サンドラが僕と婚約破棄したら、三人の王子と婚約しないといけないってこと?
婚約者のいるカーディスは除外するとして、残るラファエルもしくはウィルフレッドと……サンドラが?
「お父様、冗談でもそのようなことをおっしゃるのはおやめくださいませ。どうしてこの私が、ハル様以外の王子と……ましてやウィルフレッドの
「分かっている。私とて他王子と改めて婚約など、断じてさせるつもりなどない。その時はシュヴァリエ家の全てをもって阻止する。だが……ハロルド殿下との婚約のために、その条件を呑んだことも事実。それを反故にした場合、非があるのはこちらだということは理解してくれ」
シュヴァリエ公爵はそう言うが、やっぱり僕は色々と納得できない。
そもそも、どうしてエイバル王は、そんな条件を付けたんだ?
「……そんなにこちらを見なくても、ハロルド殿下の言わんとされることは分かります。ですが、国王陛下はなぜか、この条件を呑まない限りは婚約を認めないと仰せられたのです」
「だからこそ、僕にはそれが分からないのです。どうしてそこまで、陛下がこだわっておられるのか。思いのほか婚約に反対されていたこともそうですが、これではまるで、僕とサンドラが婚約破棄をすることが前提で婚約したみたいじゃないですか」
そう……まるで僕は前座で、その後に控える王子こそが、本命の婚約者であるかのように。
「分かりません……が、このままハロルド殿下が王宮を出てシュヴァリエ家に入ることとなった場合、陛下は何らかを仕掛けてくる可能性があるということ。殿下の婿入りを邪魔してくるのか、あるいは、更なる条件を付きつけてくるのか」
「…………………………」
確かにシュヴァリエ公爵の立場からすれば、警戒するのも無理はない。
そして、王国最大貴族であるシュヴァリエ公爵だからこそ、もしエイバル王と対立することになった場合、この国にどれだけ悪影響を及ぼすかも理解している。
実際、『エンゲージ・ハザード』においては、ハロルドがサンドラと婚約破棄をし、シュヴァリエ公爵が反旗を
ウィルフレッドの活躍により、その被害は最小限に食い止められたものの、国内は混乱し、経済や治安が悪化したと、チュートリアルシナリオのエピローグで語られている。
「……なら、いっそのこと、シュヴァリエ家が王国から独立したら……?」
「「「「「っ!?」」」」」
僕が放った何気ない呟きが、キャスを除いたここにいる全ての人を戦慄させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます