僕だけの専用武器を入手することにしました。

 僕の武器を盾にすると決めたことにより、ヒロインの数以上にある『エンハザ』の武器の中で、どれにするかは自ずと一つしかなかった。


 SR武器、『漆黒盾キャスパリーグ』。


 レアリティはそれほど高くはないものの、闇属性を持つ盾となればこれしかなかった。

 というか、盾を選ぶプレイヤーなんてほとんどいないだろうから全レアリティで盾の数は四つしかなく、レアリティも盾の武器カードではSSRが最高。しかも光属性であるため、闇属性の僕が持っていても仕方がない。


 なので、必然的に僕が手に入れるのは『漆黒盾キャスパリーグ』一択というわけだ。


 ただ。


「……訓練を初めて間もなく、ハロルド殿下からあの・・魔獣キャスパリーグを討伐したいと伺った時は、心臓が止まりました」


 アレクサンドラが眉根を寄せ、重々しい口調で語る。

 そうなんだよ。『漆黒盾キャスパリーグ』は、『エンハザ』における期間限定イベントで入手できる武器カードだったんだ。


 キャスパリーグはイベントボスではあったものの、さらにその上の魔獣“ヘンウェン”こそがイベントのメインとなるレイドボスだったため、強さは大したことはなかったし、手に入る武器カードのレアリティもイマイチだったことから、僕はコレクションだけして使用することはなかった。

 まあ、URなどの最強カードは、課金ガチャでしか手に入らないと相場が決まっているけどね。


 でも、今の僕の戦闘スタイルなら、これ以上の武器はないと思う。

 武器による物理防御力と魔法防御力のプラス補正に加え、固有スキル【スナッチ】が使用可能。


 これは、ひたすら防御する僕にとって、最高のスキルだよ。

 何せ、防御姿勢のまま闇の爪による遠隔攻撃が可能な上、ボスを除けば即死効果、ドロップアイテム強奪の効果があるのだから。


 攻撃力だって、カンストすればラファエルにも引けを取らない魔法攻撃力を誇るハロルドなら、かなりの期待ができる。


「ご心配をおかけしてすみません……ですが、僕が強くなるためには、どうしても倒す必要があるんです」

「それはお聞きしましたが……」


 受け入れてはくれたものの、納得できず口を尖らせるアレクサンドラ。

 やはり『エンハザ』では絶対に見られない彼女の表情に、喜びを隠せない僕はついにやけてしまい、さらに彼女の機嫌を悪くさせてしまった。反省しよう。


「と、とにかく、そういうことですので、早々にキャスパリーグのいる島へ向かう準備をいたしますね」

「「ハア……」」


 すっかりその気の僕を見て、アレクサンドラとモニカは盛大に溜息を吐く。

 まだ前世の記憶を取り戻して間もないし、それ以前だって世間知らずのハロルドだったからだろう。


 僕は知らなかったんだ。

 『漆黒盾キャスパリーグ』を手に入れることが、どれほど無謀なのかを。


 ◇


「あちらに見える島が、魔獣キャスパリーグがむと言われている、“モーン島”です」


 王都から馬車で二週間かけてたどり着いた、“バンガー”の街。

 アレクサンドラは、ほんの数百メートル先に見える島を指差す。


 なお、王宮には観光に行くと言って抜け出してきた。

 そもそもエイバル王も母のマーガレットも僕に関心がない上、使用人達にとっては普段から横柄な僕がいなくなって清々していることもあり、意外にもあっさりと外出許可が下りたよ。


 必然的に同行することになる専属侍女のクレアはともかく、アレクサンドラは実家であるシュヴァリエ公爵家に対し、婚約者として僕に付き添うとして、一緒に観光に来ていることになっている。


 二人共『エンハザ』に登場するヒロイン以上の実力を持っているから、精々中ボス程度でしかないキャスパリーグに後れを取るなんてことはないと思っているけど、何が起こるか分からない。

 いざという時は、僕が絶対に二人を守らないと。


 そのために、僕はという武器を選択したのだから。


「ハロルド殿下、お嬢様。モーン島へ向かう船の手配ができました」


 モニカがバンガーの街に到着するなり色々と手続きをしてくれたおかげで、すぐに島に渡れそうだ。

 というか、普段は冗談を言って揶揄からかってくるけど、優秀なのは優秀なんだよなあ……。


「どうなさいました? ……って、なるほど。お嬢様から私に乗り換えようという魂胆ですね? 給金を上げてくださるのなら、やぶさかではありません」

「っ! モニカ!」


 とまあ、ちょっと気を抜くとすぐこれだよ。

 キャスパリーグと戦うっていうのに緊張感のかけらもないけど、それはそれで頼もしいということにしておこう。


「こ、ここから先が、キャスパリーグのいる森だけど……ほ、本当に島の奥へ行くつもりなのかい……?」

「はい」


 心配そうな表情で尋ねる船頭に、僕は頷く。

 この『エンハザ』で生き抜くためにも……アレクサンドラとの婚約を貫くためにも、絶対に強くなる必要があるから。


 そのために、『漆黒盾キャスパリーグ』はどうしても必要だから。


 なお、魔獣キャスパリーグ討伐に当たり、全ての準備は整えてある。

 キャスパリーグは闇属性のため、その攻撃スキルに対応できるように、僕はあえて光属性のSR武器『エヴァラックの盾』を装備していた。


 もちろん闇属性の僕は能力値補正などの恩恵を受けることはできないけど、キャスパリーグの攻撃を防ぐだけならこれで充分。防御に徹し、攻撃に関しては二人に任せるとしよう。

 ちなみに、『エヴァラックの盾』は王宮の宝物庫から勝手に拝借してきたので、ひょっとしたら今頃無くなっていることが知れて大騒ぎになっているかも。うん、僕は何も知らない。


 アレクサンドラは、小さな身体に似合わない重厚な甲冑を全身に身にまとい、シュヴァリエ公爵家に代々伝わるとされる『バルムング』と呼ばれる重厚な両手剣を携えていた。

 『エンハザ』には登場していない武器だけど、ひょっとしてUR武器くらいのレアリティがあるんじゃないだろうか。伝説級の武器を持ち出していいのかな。いいんだろうな。


 逆にちょっと心配になるのは、モニカだ。

 だって、いつもどおりのメイド服なのだから。魔獣と戦うのに、いいのかそれで。


 モニカ曰く、『クラシカルなメイド服こそ、至高の戦闘服』だそうで、何故かアレクサンドラですらそれを否定しなかった。僕の常識は、この世界では通用しないみたいだ。


 まあ、それは置いといて。


「さあ、行きましょう」


 僕達は、キャスパリーグのいる島へと足を一歩踏み入れた……んだけど。


「ここから先は、ボクの縄張り! 一歩でも入ったら殺してやるニャ!」


 ……黒い子猫が、人の言葉をしゃべってメッチャ威嚇いかくしてくるんですけど。

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