どういうわけか、ハロルドが二人も登場しました。

「ねえ……誰かいるの?」


 そんな私の恐怖を吹き飛ばすように、男の子の声が扉の向こうから聞こえてきたのです。

 私は勢いよく顔を上げ、扉に向かって駆け出しました。


 まるで、すがるように。


「閉じ込められてしまったの! お願い! 助けて!」


 扉の向こうにいる男の子に向かって、私は必死に叫びます。


「っ!? 分かった! ちょっと待ってて!」


 扉のノブがガチャガチャと動いたかと思うと、すぐに止まってしまいます。

 鍵がかかっていることに気づいたのでしょう。


 すると。


 ――ガキンッッッ!


 ものすごく大きな金属音とともに、扉のノブが震えました。


 ――ガキンッッッ! ガキンッッッ! ガキンッッッ!


 何度も続く、金属を叩く音。

 扉のノブも少しずつ変な方向に曲がり始め、そして。


「だ、大丈夫!?」


 勢いよく開け放たれた扉の向こうから、先ほど窓の外に見えた黒髪の男の子が飛び込んできました。

 その後ろには、大人用の大きな剣が転がっています。


「うわああああああああん! 怖かった……怖かったよお……っ!」

「わわっ!?」


 私は助かった喜びと、今までの恐怖への反動で、思いきり男の子に抱きつき、泣き叫びました。


「ごめんね? 僕がもっと早く気づいて、助けに来ればよかったのに……」

「うわああああああああああああん!」


 男の子は泣きわめく私の身体を抱きしめ、優しく背中を撫でてくれました。

 その声はとても心地よくて、温かくて、さっきまでの不安を全て吹き飛ばしてくれて……。


 私が泣き止むまで、ずっと慰めてくれました。


 ◇


「落ち着いた?」

「グス……うん」


 しばらくして、落ち着きを取り戻した私の顔をのぞき込む男の子に、私は頷きます。

 男の子の灰色の瞳はとても輝いていて、思わず吸い込まれそうになりました。


 同じ灰色の瞳なのに、あんな酷いことをしたさっきの最低な男の子……ハロルド王子とは大違い。


「あ、ほら。顔が涙でくしゃくしゃになっちゃっているね」

「ん……っ」


 男の子はハンカチを取り出して、優しく涙をぬぐってくださいました。

 少しだけくすぐったくもありましたが、私への気遣いへの嬉しさと、ハンカチの香りで心がポカポカと温かくなります。


「それで……何があったのか、教えてくれる?」

「…………………………うん」


 私はここまでの出来事を、一生懸命説明しました。


 王子殿下にお会いするために、お父様と一緒にこの王宮にやって来たこと。

 勝手に抜け出して急に不安になった時、現れた男の子がお父様のところに連れて行ってあげると言って、私をここまで連れてきたこと。

 この部屋にお父様がいるからと騙されて、そのまま閉じ込められてしまったこと。


「……その男の子は、第三王子のハロルド=ウェル=デハウバルズって名乗ったの」

「ええー……」


 あの男の子の名前を聞いた瞬間、黒髪の男の子は驚いたというか、すごく微妙な顔をされておりました。


「知っているの……?」

「えーと……知っているというか、何というか……」


 男の子は困った表情を浮かべ、私に向き直ると。


「僕の名前はハロルド……ハロルド=ウェル=デハウバルズっていうんだけど……」

「ええええええええ!?」


 申し訳なさそうに名乗る男の子に、私は驚きの声を上げました。

 ですが、私が驚いてしまうのも当然です。だって、ハロルドを名乗る男の子が、二人もいるのですから。


 その時。


「ここにいたか!」


 突然、部屋に飛び込んできたお父様。

 ものすごく青い顔をしており、息も乱れていたことからも、私のことを必死に探してくれていたみたいです。


 何より、こんなにもお父様が目を見開いているところを見るのは初めてです。


「お父様……っ!」

「ハア……本当に、心配したぞ?」


 私を抱きしめ、お父様が安堵の溜息を吐きます。

 ただ、いつの間にか一緒にいたはずの男の子……ハロルドと名乗ったあの男の子の姿はありませんでした。


 床に、私の涙をぬぐってくれた、竜の刺繍ししゅうの入ったハンカチを残して。


「さあ、陛下達がお待ちかねだ。早く行こう」

「あ……ま、待って……っ」


 お父様が私を抱え、足早に部屋から出て行ってしまいます。

 かろうじてハンカチは拾えたものの、私は男の子にお礼が言いたかった。


 でも、先ほどの部屋はどんどん遠ざかっていって。

 男の姿は、どこにも見当たらなくて。


 私はハンカチを握りしめ、唇を噛み……って。


「そのハンカチ、君にあげるね!」


 廊下の陰からほんのちょっとだけ姿を見せた男の子が、ヒマワリのような笑顔を見せてくださいました。


「ん? 今、男の子の声が……」


 お父様は周囲を見回しますが、男の子はすぐに隠れてしまい、見つけることができません。

 首をかしげ、お父様は再び足早に王子殿下の待つ部屋へと向かいました。


 一人目の男の子は、ハロルド殿下が第三王子だと名乗りました。

 つまり、これから面会予定の王子の中に、そのハロルド殿下がいらっしゃるのでしょう。


 どちらが本当のハロルド殿下なのか、そんなことには興味ありません。


 ただ……私は、二人目の・・・・ハロルド殿下にもうすぐ逢えることを楽しみに、いただいた竜の刺繍ししゅう入りのハンカチを、きゅ、と胸に抱きしめました。

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