主人公は最低の奴だったけど、最推しの婚約者は最高でした。

「……残念ながら、面会の場にはカーディス殿下とラファエル殿下のお二人しかおらず、お逢いすることは叶いませんでしたが」


 ええー……なんで僕、サンドラにジト目で睨まれてるの?

 というか。


「い、いや、あの時・・・男の子・・・のことなら覚えてますけど、まさかサンドラだったなんて……」

「私だと気づいておられないことは、最初から分かっておりました。とにかく、男の子の格好をしたおかげで、お二人の王子殿下との面会は、お父様の思惑どおり向こうから断られました」


 それはまあ、まさか面会の場に男の子が……いや、まだ幼いとはいえ男装の令嬢が現れたら、向こうからしたら当然引くよね。

 それに、その時はさすがのカーディスやラファエルだって、派閥だのなんだのって考えられるような年齢でもないし。


 ちなみに、その面会の場に僕が参加していない理由は分からない……っていうか、普通に母親であるローズマリーは最初から僕を同席させるつもりがなかっただけだろうね。

 大事なのはカーディスであって、スペア・・・の僕じゃない。


「そうして、私は無事にその他大勢の王子殿下との婚約を回避することができ、ハル様とこうして無事婚約ができたわけです」

「あ、あはは……」


 いや、こんなの苦笑するしかない。


「で、ですが、そうすると最初に出会ったハロルドを名乗る子供は……」

「お父様にお尋ねしたら、すぐにウィルフレッド殿下だと分かりました」

「ああー……」


 確かにサンドラの話の中でも、その男の子の髪の色は白銀って言ってたもんね。

 四人の王子の中で、その髪色はウィルフレッドしかいないし。


「だから君は、ウィルフレッドのことを知っていて、あんなにも毛嫌いしていたわけですね」

「当然です。あのようなくずのことなど、口にするだけでけがれてしまいます」

「そ、そっか……」


 ウィルフレッドも、庶子とはいえ一応は王子。だけど、彼女の中では一択みたいだ。


 それにしても……ウィルフレッドはどうして僕の名をかたって、サンドラにそんな酷いことをしたんだ?

 僕を嫌ってのことだとは思うけど、幼い頃の僕は、まだアイツをいじめたりしていない。


 だから、少なくとも嫌われるようなことはしていないと思うんだけど……。


「そういうことですので、今後はあの男のことは忘れてしまいましょう」

「あっ、はい」


 サンドラの言葉に、僕は即座に頷いた。

 そもそも、最初から避けるつもりでいたし。


「それより……こちらは覚えていらっしゃいますか?」

「あ……」


 彼女が見せてくれたのは、あの時・・・にあげた、僕のハンカチだった。


「あなた様からいただいたこのハンカチは、今も私の宝物です」

「う、うん……」


 ハンカチを抱きしめ、サンドラは幸せそうに頬を緩める。

 そんな彼女の表情に、仕草に、僕は目を離せないでいた。


 何より……あの時・・・の思い出を胸に、前世で世界一好きだった最推しの彼女が、こうして僕の婚約者になってくれたのだから、最高に嬉しいに決まっているし、最高に幸せに決まっている。


 ……いや、違うか。

 前世の時のような、モブキャラ・・・・・としての彼女なんかじゃなく、婚約して本当の・・・サンドラを知って、どうしようもないほど惹かれてしまったのだから。


「あの時は助けてくださり、本当にありがとうございました。そして……竜の寵愛・・・・を求めてくださり、このアレクサンドラは世界一の幸せ者です」

「そ、その、『竜の寵愛』というのは……?」

「ふふ……ハル様がご存知なくても問題ありません。これは、私だけの・・・・誓いですから」


 彼女の言う『竜の寵愛』というのが何なのかは分からないけど、こんなとろけるような笑顔を見たら、細かいことはどうでもいいし、しつこく聞くことのほうが野暮ってものだよ。


 それよりも、僕は。


「あ……」

「サンドラ。僕の婚約者になってくれて、ありがとうございます。君が婚約者で、僕も世界一の幸せ者です」


 彼女の小さな手を取って口づけを落とすと、この素直な気持ちを伝えた。

 この世界ではただの噛ませ犬以下で、『無能の悪童王子』と呼ばれて、前世でも童貞ボッチの僕がこんなイケメンムーブをしても様になっていないことは理解しているけど、それでも、こんな時くらい格好をつけさせてほしい。


「ふ、ふあ……ハル様はこのような経験がおありなのかと、時々不安になってしまいます……」

「ままま、まさか! そもそもこの世界で・・・・・女性にこんなことをしたのは、君以外いませんよ!」


 顔を真っ赤にしながらも疑いの目を向けるサンドラに、僕は必死に弁明する。

 ちなみに、今の言葉にはちょっとだけ……いや、かなり語弊ごへいがある。僕はこの世界・・・・だけでなく、前世でもこんなことはしたことがない。


「なら、よかったです……」

「あ……」


 サンドラが、僕の胸に飛び込んで頬ずりをした。

 当然だけど、前世を含めて女子からこんなことされた経験はないので、メッチャ汗が出てくるんだけど。


「ハル様……ハル様……」


 しばらく僕は、頬ずりをして甘えるサンドラを受け入れたまま、一切身動きができなかった。


 え? 嫌なのかって?

 まさか、最高に決まってるじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る