黒幕から悪だくみを持ちかけられました。

「やあ、ようこそお越しくださいました」


 ロレンツォは涼やかな笑顔を浮かべ、部屋を訪れた僕達を出迎えた。

 メッチャ爽やかイケメンだけど、その仮面の裏側が怖くて仕方がないです。


「そ、その、僕にお願いがある、とのとですが……」

「はい。ただ、少々込み入った話となりますので……」


 にこやかな表情を崩さずに、ロレンツォはチラリ、とサンドラを見やった。


「サルヴァトーリ猊下げいか、僕と彼女は婚約者同士です。なので、僕のことは全て彼女に知ってもらいたい。どうか同席をお許しいただけないでしょうか」


 ここぞとばかりに、僕もたたみかけてみる。

 さすがのロレンツォも、ここまで言われれば同席を断るなんてできないだろう。


「そうですか、承知しました」


 あっさりと引き受け、少し拍子抜けしたけど、まあよかったよ。

 僕一人だったら、交渉などで押し切られる可能性だってあるから。


「では、お二人ともこちらへ」


 ロレンツォに案内され、僕達は席に着くと。


「まずはお時間をいただき、ありがとうございます」

「そのような前置きは結構です。僕達は、あくまでもお話を伺いに来ただけですので」


 深々と頭を下げるロレンツォに、まずは釘を刺しておく。

 そもそも、黒幕のお願いなんて聞いたら、絶対に酷い目に遭うのは確定だからね。僕がホスト役だからこうして来ただけで、そうじゃなかったら絶対に会ったりするもんか。


「はは……いやはや、先手を打たれてしまいました」


 ロレンツォは、頭を掻いて苦笑した。

 だから、そういうのはいらないから。


「では、お話いたします。少々身内の恥をさらすようで、恐縮ですが……」


 そう言うと、ロレンツォが訥々とつとつと語り始めた。


 現在、聖王国内においては教皇を中心とした保守派と、ロレンツォなどの若い神官で構成された革新派で二分しており、常に水面下で争っているとのこと。


 そんな中、中立を保ち続けているのが聖女のクリスティアで、両陣営はどうしても彼女を自分達のもとに引き入れたい。

 これまでも色々と秋波しゅうはを送っているが、彼女はけむに巻くばかりで、色よい返事がもらえないのだとか。


 そこで、ロレンツォは今回のデハウバルズ王国への使節団の派遣に当たり、策を講じることにした。


 簡単に言えば、教皇が派遣されるはずだったものを、強引にロレンツォが参加することとし、クリスティアも同行させることで、王国にいる間に説得を試みようと考えたのだ。


 関係のないクリスティアからすれば、別に使節団に加わる必要もないわけで、断ればよいのだが、『二年後に留学することを前提に、王立学院を視察する』という餌をちらつかせ、ロレンツォはその気にさせたということらしい。


 元々、『エンハザ』の設定においても、クリスティアは聖王国内の微妙な情勢や、聖女としての役割を押し付けられることに鬱屈うっくつとしているとの記載があった。

 彼女も、喜んで飛びついたに違いない。


「……つまり、聖女様にサルヴァトーリ猊下げいかくみするように働きかけてほしい、そういうことですか?」

「ご協力を仰ぎたいのはもちろんなのですが、少々違います」

「というと?」

「ハロルド殿下には、しかるべきタイミングでこちらからご連絡いたしますので、その際に聖女様を指定の場所までお連れいただきたいのです」


 それを聞いた瞬間、僕は思わずぞくり、としてしまった。

 これ……クリスティアのメインシナリオである、『聖女誘拐事件』じゃないか。


 『エンハザ』のクリスティアシナリオにおいて、ある日突然、クリスティアが失踪するという事件が起きる。

 聖女といえばバルティアン聖王国における象徴のような存在であり、彼女の身に何かあれば、デハウバルズ王国は、聖王国どころか全ての国から非難を受けることになる。


 王国は国境及び全ての海岸線をただちに封鎖し、威信にかけてクリスティアの捜索に乗り出すが、発見することができない。

 そこで、ウィルフレッドと他のヒロイン達は協力してクリスティアを捜すのだが、ご多分に漏れずハロルドはそれを全力で妨害する。


 結局、ウィルフレッドは彼女が港町に監禁されことを突き止め、イベントボスであるロレンツォを倒して無事救出するのだ。


 つまり、目の前の男は、僕に聖女誘拐の片棒を担げと言ってきたわけだ。


「我々使節団の供応きょうおう役を務められるハロルド殿下なら、難しくないことだと思います」


 白々しく頭を下げ、上目遣いで僕の顔色をうかがうロレンツォ。

 というか、僕は話を聞くだけだって言ったのに、理解してないのかな? イケメンかもしれないけど、その辺の知恵は足りないみたいだ。残念イケメン。


「もちろんご協力いただけるのであれば、聖王国・・・として・・・ハロルド殿下への協力は惜しみません。今の王国に置かれている殿下ご自身の立場を、我々なら覆すことも容易たやすい。殿下が試合で受けた屈辱、晴らすこともできましょう」

「…………………………」

「それに……このことは、実は教皇猊下げいかからも賛同をいただいております」

「っ!?」


 ちょっと待って!? どうしてここで、教皇が出てくるんだよ!?

 『エンハザ』では、教皇はロレンツォの政敵で、なおかつクリスティアの最大の理解者なんだよ!? ……って、ロレンツォの手前驚いてみる。


「難しい話ではありません。首輪を嫌がる可愛げのない飼い犬など、お互いにとって邪魔でしかないということです」


 ああ……そういうことか。

 聖王国の象徴として聖女には大いに利用価値があるけど、自分達になびかないのであれば、今度は脅威になる。


 だからコイツは、クリスティアを排除する・・・・ことに決めたんだ。


 ひょっとしたら、『エンハザ』におけるクリスティアイベントでも、ハロルドはロレンツォにこの話を持ちかけられ、手を貸した可能性が高い。

 実際、イベント内では明らかに主人公達の足を引っ張っていたから。


「いかがです? たったそれだけのことで、殿下は母君であらせられる、マーガレット第一王妃殿下からの信頼と寵愛を勝ち取ることができるのですよ?」


 ……へえ、よく調べてるじゃないか。

 以前の・・・ハロルドが、母親の愛に飢えていたということを知っているなんて。


「サンドラ」

「ハル様の、お心のままに」


 そうか……君は、僕がどんな選択しても、受け入れてくれるつもりなんだ。

 本当に、こんなにも最高の婚約者なんて、世界中を探してもどこにもいないよ。


 なら、僕は選ぼうじゃないか。

 『エンゲージ・ハザード』のハロルドらしく、主人公の噛ませ犬・・・・として。


「分かりました。サルヴァトーリ猊下げいかのご依頼、お引き受けします」


 そう告げると、僕はニタア、と口の端を吊り上げた。


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