思惑どおりに運んだのに、聖女は不満そうでした。

「聖女様……あなたが無事で、本当によかった……」

「ありがとうございます。きっと、ウィルフレッド殿下が救いに来てくださると、信じておりました……」


 はい、ハロルドです。

 僕は今、ウィルフレッドとクリスティアによるイチャコラという名の茶番を、サンドラと一緒に白目で見つめております。


 なお、ロレンツォについては聖女を誘拐しようとしたものの、ウィルフレッド達がこの倉庫に迫っていることを察知して、やむなく聖女を置き去りにして逃亡したという設定。そのことを知らない王国の者は、必死で捜索を行っております。


「まったく……ウィルフレッドがいち早く聖女様がいなくなったことに気づき、その場に残されていた暗号メッセージを解読して気づいたからよかったものの、一歩間違えれば、聖王国と事を構えることになりかねなかったぞ……」


 青い顔をしたカーディスが、安堵の溜息を漏らしてかぶりを振る。

 だけど、ウィルフレッドを見つめるカーディスの目は、どこか生温かいものになっていたので、おそらくはこの男の中で主人公の評価が爆上がりしているのだろう。ウケル。


 あ、もちろん、暗号メッセージは僕達のほうで用意しておいたもので、クリスティアが誘拐されたことに気づいたタイミングでシレッと床に落としておくように、サンドラに頼んでおいたんだ。

 で、暗号の解読に夢中になっている間に、サンドラにも合流してもらった。


 暗号の内容? サンドラにお願いしたから詳しくは分からないけど、倉庫に到着するまでかなり時間がかかったから、結構難しかったんじゃないかと思う。後で教えてもらおう。


「それに引き換え、お前は聖女様を放っておいてどこかへ行っている始末。お前のような奴は、王家の恥だ」

「…………………………」


 いやあ、カーディスの派閥を抜けてから、物言いに遠慮が無くなったな。

 ともあれ、それがカーディスにとって、本来の僕に対する評価だってことなんだけど。


 だけどさあ……クリスティアがいなくなったことに気づいていないのは、ウィルフレッドだって同じだろう? なら、そっちにも同じように叱責しなきゃフェアじゃないだろ。

 なんて言ったところで、どうせ難癖つけてくるだけなんだろうけど。


「さあ……聖女様、いつまでもここにいては、またあのロレンツォがあなたを奪いにくるかもしれない。絶対に、俺の手を離さないでください」

「ええ、お願いいたします」


 ハア……見てられないね。

 あとはウィルフレッドに任せて、僕達もさっさと王宮に帰るとしよう……って。


「サンドラ?」

「ふふ、お疲れさまでした。やはりあなた様は、誰よりも素晴らしい御方です」

「あ、あはは……」


 まあ、今回の件でサンドラの僕への評価が上がったことが、何よりの収穫かな。

 これで『エンハザ』の本編が開始しても、婚約破棄イベントなんて起きないよね? ね!


 ◇


 僕達が王宮に戻った後、エイバル王の命により、ロレンツォ=サルヴァトーリが王国全土で指名手配された。

 どうやら、今回の事件を隠蔽いんぺいすることよりも、王国として全面的に対処することをアピールすることで、バルティアン聖王国の信頼を得ることを狙ったようだ。


 まあ、既に灰になってしまったから、絶対に見つからないんだけど。


 あれ? そう考えると、王国はいつまでも犯人を捕まえることができない無能・・というレッテルを貼られるのでは?


 ちなみに、ウィルフレッドは聖女クリスティアの誘拐を未然に防いだ英雄として、王都において大々的に喧伝された。

 というのも、今回の一部始終を聞いたエイバル王がことほか喜び、ウィルフレッドを神輿みこしにすることを考えたようだ。


「いやあ、なかなか大変なことになってしまいましたね」


 ということで、僕は今、クリスティアと一緒にお茶をしているところだ。

 もちろん、サンドラやカルラも同席して。


「うふふ……まさか、国王陛下がこのようなことをされるとは、さすがに予想外でした」


 口元に手を当て、クリスティアがクスクスと笑う。

 ただし、エメラルドの瞳は笑っていないどころか、怒りさえたたえているけど。


 まあでも、彼女の怒りも頷ける。

 だってさあ……いくらウィルフレッドを担ぎ上げるためだとはいえ、クリスティアとの恋愛話まででっち上げたんだから。


「ですが、王国に来られてからウィルフレッドにあのように接しておられたので、そのように勘違いする者がいても仕方ないのでは?」

「……私としては、扱いやすい・・・・・と思ったからなのですが」


 そう……クリスティアは、ウィルフレッドのことを『自分が優秀だと勘違いしている扱いやすい愚者』と評価していて、個人の強さの才能はあるかもしれないけど、自尊心と虚栄心が高く、少なくとも知恵は回らないそうだ。なかなか辛辣しんらつ


「それこそ自業自得では? 何でしたら、あのくずと本当に結ばれるように、全力でお力添えさせていただきますが」

「っ!? その……そろそろお許しいただけないでしょうか……?」


 サンドラに絶対零度の視線を向けられ、クリスティアは顔を真っ青にする。

 とはいえ、それこそ自業自得ではあるんだけど。


 ◇


「うふふ……わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

「…………………………」


 カルラとの試合が終わって部屋に戻ってすぐ、神官の一人が部屋を訪れて、ぶしつけに呼び出された。

 面倒だとは思いつつも、ホストである以上無碍むげに断るわけにもいかず、少々無礼な神官の態度に目をつぶりつつ、こうしてやって来たわけだ。


「実は、ハロルド殿下に折り入ってお願いがありまして……お引き受けいただけるのであれば、聖女であるこの私が、あなたが王国内で過ごしやすい環境を提供することも、やぶさかではありません」

「……すみません。おっしゃっている意味が分かりませんが」

「ふふ。私達は、あなたの王国内でのお立場を知っております。『無能の悪童王子』である、あなたの」


 この一言が、僕の・・最推しの婚約者の逆鱗に・・・触れた・・・


私の・・ハル様に対する無礼の数々、万死に値する」

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