今度は第一王子が絡んできました。

「……せっかくのハル様とのダンスが、あの二人のせいで台無しになってしまいました」

「あ、あはは……」


 遠ざかるウィルフレッド達の背中を睨みつけ、サンドラは吐き捨てるように言った。

 僕も概ね同意見だけど、それでもちょっと二人……というか、ウィルフレッドに対して辛辣すぎじゃないかな。


「そ、その……失礼かもしれませんが、君はウィルフレッドと……」

「ハル様。お願いですから、あの者の名を口にするのはおやめください」

「っ! は、はい!」


 凍てつくような視線と恐ろしく低い声に、僕は直立不動で返事をした。

 これ、絶対にアイツと過去に何かあったよね。怖くてこれ以上聞けないけど。


「ハア……少し頭を冷やしてまいります」

「あ……じゃ、じゃあ僕も……」

「……お花を摘みに行ってまいりますので」


 顔を真っ赤にし、サンドラはそそくさと会場を出ていく。

 しまった、ちょっとデリカシーがなさすぎたよ。


 ということで、彼女が戻ってくるまで僕は壁の花になることにした。

 周囲を見回すと……うん、貴族達が遠巻きに僕に好奇の視線を向けているよ。


 まあ、前世の記憶が戻ってからも、ハロルドの評判が劇的に変わるようなことは何もしていないし、世間からすれば、せいぜいシュヴァリエ公爵家の令嬢と婚約したことくらいしか、僕の話題もないわけで。


 そんな連中にどう思われようと、別に気にしない……すみません、嘘です。メッチャ気にしてます。

 だってさあ、『エンハザ』で僕のバッドエンドを回避することを考えたら、主人公やヒロインをはじめとした主要キャラから距離を置くのは当然のことながら、世間の評判が悪いままだったら、それだけイベントに巻き込まれたり、狙われたりする可能性があるわけで。


 もちろん、降りかかる火の粉を払うために、今も必死にサンドラのしごき……もとい、特訓にも耐えているわけで。


「だけど……気になる、よね……」


 サンドラとウィルフレッドの間に、一体何があったのか。

『エンゲージ・ハザード』では、プロローグイベントで僕が一方的にサンドラを婚約破棄するだけで、あとはシュヴァリエ公爵の反乱とウィルフレッドによる鎮圧というチュートリアルイベント、そして彼女が処刑されることが淡々と語られるだけ。


 それ以外に、二人の接点なんてない。


 でも、サンドラは明らかにウィルフレッドを意識しているし、ウィルフレッドも……いや、さっきの態度だけでは、どうなのか分からないな。

 サンドラを一目見ただけで僕の婚約者だと認識したのは引っかかるけど、それだってマリオンが事前に話をしていた可能性のほうが高いだろうし。


 もちろん、これまでいじめてきたハロルドから距離を置きたいはずなのに、わざわざこのタイミングで声をかけてきたことには裏があるとしか思えない。


「ハア……まだ本編も始まっていないというのに、頭が痛い……」


 僕は頭を抱え、その場でうずくまった……んだけど。


「ハロルド」

「あ……」


 よりによって、カーディスに捕まってしまったよ。

 一応は僕も実の弟なわけだし、シュヴァリエ家を利用したい彼からすれば、形式的にとはいえ声をかけてくるのも当然か。


 というか、むしろ僕が声をかけなかったことが気になったのかもしれない。

 以前のハロルドなら、カーディスのそばにべったりとつきまとっていたし。


「先ほどのダンス、なかなかよかったじゃないか」

「あ、あはは……」


 サンドラとのダンスを褒められ、僕は照れ笑いするふりをした。

 以前のハロルドなら、カーディスに褒められれば有頂天になるだろうからね。反応が違いすぎて、色々と不審に思われても面倒だし……って、いいこと思いついた。


「そういえば兄上、どうしてアイツ……ウィルフレッドが今夜のパーティーに出席しているか、ご存知だったりしますか?」


 僕は嫌悪感を露わにした表情を無理やりつくり、尋ねてみる。

 フレデリカの婚約者なんだし、ひょっとしたらアイツがここにいる理由を聞いているかもしれないからね。


「ハハハ、驚いたか?」

「? え、ええ……」


 含みのある笑いに、僕は僅かに眉根を寄せる。

 少なくとも今の口振りだと、ウィルフレッドがここにいる理由を知っているみたいだ。


「実はな……国王陛下の依頼により、ウィルフレッドを私の派閥に組み入れることとなった」

「っ!?」


 どういうこと!?

 なんでエイバル王が、王位継承争いに介入してくるんだよ!?


「陛下は、ウィルフレッドの境遇を気にされておられてな。王宮には居場所もなく、かといって母上の手前、表立ってウィルフレッドに手を差し伸べてやることもできない」

「…………………………」

「そこで、母上の息子であり、第一王子の私に白羽の矢が立った。私の庇護下ひごかに置けば、母上や王宮関係者、それに貴族達もそう簡単に手出しもできないだろうということでな」


 あまりのことに、僕の頭が追いつかない。

 つまりエイバル王は、以前からウィルフレッドのことを気にかけていたってことなんだろうけど、それならもっと早く手を打つことだってできただろうに。


 『エンハザ』では本編開始前にそんなことがあったなんて設定もないし、何より、同じくカーディス派のハロルドとこの件に関連した描写がゲーム内にあってもおかしくないのに、そんなものは一切なかったよ?

 というか、今すぐ『エンハザ』運営に抗議のメールを送りつけてやりたい。


「そのため、今日のパーティーにはウィルフレッドを招待し、私の派閥の一員であることを知らしめることにしたのだ。ただ」

「……ただ?」

「いつもなら私の婚約者の実家であるマーシャル家の招待にはすぐに返事をしていたお前が、今回に限って一か月以上も返事を寄越さなかったから、ウィルフレッドが参加することを見越して拒否しているのかと思ったぞ」


 そう言うと、カーディスは苦笑する。

 ハア……だからあんなに、執拗に招待状が届いたのか。


 僕とウィルフレッドを、引き合わせるために。


「とにかく、そういうことだ。これからは、以前のような真似はするな。それと、お前も兄なのだから、不憫な弟を気にかけてやれ」


 カーディスが僕の肩に手を置き、そっと耳打ちした。

 まるで、僕に命令するかのように。


「ではな。お前もアレクサンドラ嬢と楽しむがいい」


 カーディスは手をヒラヒラさせ、この場から離れた。

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