頼んでないのに主人公が絡んできました。

「あれは……」


 サンドラが、まるでタイミングを見計らったかのように同じく中央へ向かう二人の男女を見て、思わず眉根を寄せる。


 ええー……どうして同じタイミングで、ウィルフレッドと彼女……マリオンがしゃしゃり出てくるんだよ……。


 いや、王宮内でエスコートするような女の子が一人もいないウィルフレッドが、唯一の専属侍女であるマリオンをパートナーに選ぶところまでは理解できる。

 というか、そもそもどうしてパーティーに出席しているのか、全然理解できないんだけど。


 ……まあいいや。


「サンドラ」

「ハル様……?」

「正直、ダンスの踊れない僕は、ちゃんと踊れるかどうか不安なんです。だから、どうか僕を助けてくださいね?」


 まあ、何が言いたいかというと、ウィルフレッド達は放っておいて、僕とのダンスに集中してほしいってことだ。

 さっきの彼女の様子からも、一緒にダンスを踊ることを楽しみにしていてくれたみたいだし。


「ふふ……そうでした。あなた様は、この私がしっかりとリードしなければいけませんもの」

「そういうことです。だから、本当にお願いしますね?」

「お任せください」


 曲が流れ、僕達はダンスを始める。

 不幸中の幸いというか、落ち着いた曲調だったので激しいステップなどは求められずに済みそう。


「ハル様、その調子です!」

「は、はい!」


 サンドラによる普段の特訓が奏功したのか、意外にも上手く踊れているんじゃないだろうか(自画自賛)。

 でも、それ以上に。


「ふふ! ハル様! ハル様!」

「サンドラ!」


 心から楽しそうな表情を見せるサンドラに、僕は同じく楽しくて、嬉しくて、幸せで仕方がない。

 それはもう、本気でダンスを勉強しようと心に誓いましたとも。


 そして。


「よかったあ……無事、最後まで踊りきれたよ……」


 達成感と高揚感で、僕は天井を仰いで笑みをこぼす。

 もちろん、踊っている間は主人公とヒロインのことなんて、これっぽっちも頭になかったよ。


「ハル様……とても素敵でした」

「それを言うならサンドラですよ。僕のような素人を見事にリードして、それでいて誰よりも輝いていました。フレデリカ嬢には申し訳ありませんが、今夜の主役は間違いなく君です」

「まあ……」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうにしつつも、サンドラは口元を緩める。

 僕としても、そんな最推しの婚約者を見れて頬がゆるっゆるですとも。周囲の者達は、それはもうだらしない男だと思っているに違いない。


 すると。


「ハロルド兄上」


 ハア……ウィルフレッドも、なんで声をかけてくるかなあ。

 せっかくの余韻が台無しだよ。


 というか、『エンハザ』では僕のバッドエンドの原因だし、しかも前世の記憶を取り戻す前のハロルドは主人公のことをメッチャいじめていたから、気まずくてしょうがないというのに。

 僕に追い出されたパートナーのマリオン然り、そっちだって関わり合いになりたくないだろうにね。


「……な、何かな……?」

「お礼が遅くなってしまい、申し訳ありません」

「お礼?」


 身構えつつ尋ねると、ウィルフレッドは深々と頭を下げた。

 はて? 僕はお礼を言われる筋合いは何一つない。どういうこと?


「兄上のおかげで、俺も生まれて初めて専属侍女を持つことができました」

「…………………………」


 ウィルフレッドはマリオンの細い腰を抱き寄せ、嬉しそうに話す。でも、ちょっと主人と専属侍女の距離感がバグってると思う。

 それと、マリオンが無言でメッチャ睨んできている。シアラー家の復興に何一つ役に立たない『けがれた王子』の世話をさせられることになったんだから、僕を恨むのも当然だけど。


「そ、そうか、よかったな」

「はい」


 そんな当たりさわりのない言葉をかけたものの、そもそもマリオンをウィルフレッドの専属侍女にしたの、四か月以上も前の話なんだけど。

 確かに僕も接触を避けていたけど、かといってウィルフレッドのほうから面会希望をされたこともない。


 なのに、なんでわざわざこのタイミングで?


「……なら、せめて専属侍女のしつけくらい、しておくべきでは? それとも……私の・・ハル様を侮辱しているのかしら」

「「っ!?」」


 ずっと無言で隣にいたサンドラが、二人に鋭い視線を向けた。

 彼女のことだから、マリオンの視線や態度にも当然気づいているよね。


 そもそも、ウィルフレッドの専属侍女になる羽目になったのだって、僕への無礼な態度をサンドラに見咎みとがめられたからなんだから。


「挨拶が遅れました。俺はウィルフレッド=ウェル=デハウバルズ。どうぞお見知りおきを」

「ウィルフレッド様の専属侍女、マリオン=シアラーです」


 二人は名乗り、お辞儀をする。

 だけど、ウィルフレッドはサンドラと対等、あるいはそれより上の身分であるかのように振る舞っているように感じた。


 いや、一応は王族ではあるんだけどね。


「……シュヴァリエ家の長女、アレクサンドラと申しますが……ああ、私の名前は憶えていただく必要はありません。ですので、これからはどうか、私の前に姿を見せないでくださいませ」


 うおっ!? ま、まさか、サンドラの可愛らしい口から、ここまで辛辣な言葉が出てくるとは思いもよらなかった。

 ひょ、ひょっとして、サンドラはエイバル王と愛人との間に生まれたということに、そこまで嫌悪感を抱いているってこと?


 でも、『無能の悪童王子』なんて陰口を叩かれている僕にはこんなにも優しく接してくれるし、出自なんかで人を区別したりするような女性ひとだとは、到底思えないんだけど……。


「おや? 聞こえませんでしたでしょうか。今すぐ消えてくださいと申し上げたのですが」

「……兄上、失礼します」


 なおも絶対零度の視線を向けるサンドラに、ウィルフレッドは苦虫を噛み潰したような表情で、マリオンを連れてこの場を去った。


 ……あ。せめて、なんでこのパーティーに出席しているのか、聞いておけばよかったよ。

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