嫉妬でモヤモヤしてしまいました。

「大変お待たせいたしました……って、ハル様?」

「…………………………」


 戻ってきたサンドラを見ることもなく、僕はただ茫然ぼうぜんとしていた。

 どうにも、頭の理解が追いつかない。


 おそらく、エイバル王がカーディスにそんな指示をしたのは、裏で愛人でありウィルフレッドの母親であるサマンサが頼んだのだろう。

 だけど、サマンサはウィルフレッドに対して母親としての愛情を示したことなんて一度もないし、『エンハザ』でもウィルフレッドは母の愛に飢えていたという描写もある。


 なのに、どうしてそんなことを?


「ハル様!」

「っ!? ひゃい!?」


 思いっきり背伸びをしたサンドラが耳元で叫ばれ、僕は思わず変な声を出して飛び上がってしまった。


「ハル様は、何を考えておられたのですか? ……私がお声がけしても、心ここにあらずのようでしたし」


 いけない、サンドラがメッチャ頬を膨らませて怒っている。

 だけど、こんな彼女の表情も可愛いなあ……。


「も、申し訳ありません。実は……」


 僕は先程聞かされた、ウィルフレッドがカーディスの派閥に加わったこと、僕もあの男を気に掛けるようにと指示……いや、命令されたことを。


「……陛下は、何をお考えなのでしょうか」

「分かりません。カーディス兄上にとっても、『けがれた王子』を派閥に加えることはリスクがあります。なのに、兄上はどこか楽しげでした」


 そう……カーディスの反応は、エイバル王からいきなり託されたにもかかわらず、ウィルフレッドに対して嫌悪感を示していなかった。

 つまり、ウィルフレッドのことを少なからず歓迎しているということ。


 とはいえ、それはカーディスがウィルフレッドを受け入れるに当たって、エイバル王から何かしらの便宜を図ってもらう約束を取りつけているからなのだろう。

 確かに『エンハザ』では主人公といずれ和解することになるけど、それまではウィルフレッドに対して良くは思っていなかったのは間違いない。それは、ゲームでもここ・・でも。


「……ハル様は、ウィルフレッド殿下とはどうお付き合いなさるおつもりですか?」


 サンドラが、下からのぞき込むように僕の顔色をうかがう。

 ふむ……どう付き合うもなにも、僕はバッドエンド回避のために、主人公達と関わらないと決めている。


 だから。


「そのー……実は、ウィルフレッドとは最初から付き合うつもりもありませんので、せいぜい王室の行事の時に顔を合わせるくらいですかね?」


 僕が考えられるウィルフレッドとの接触の機会なんて、これくらいしかないはず。

 王宮内でも本宮で暮らしている僕とは違い、アイツは離宮で暮らしているので、すれ違う機会すらないと思う。


「いずれにしても、これまでのこともあって向こうも僕のことを毛嫌いしているでしょうし、僕のほうから積極的に会おうとしなければ、お互い空気みたいなものかと」

「そうですか……」


 僕の答えを聞き、サンドラが胸を撫で下ろす。

 どうやら彼女は、僕がウィルフレッドと関わることに思うところがあるみたいだ。


 その理由は、ダンス終了後のウィルフレッドとのやり取りに関係があるんだろう。


「サンドラ。少し、外の空気を吸いませんか?」

「はい」


 どうにもモヤモヤする僕は意を決し、彼女の手を取ってバルコニーへと向かう。

 考えられる、最悪の答えを想像して。


 というか、おそらく僕はウィルフレッドに嫉妬しているんだと思う。

 僕と婚約するまでのサンドラが、ウィルフレッドと恋仲だったかもしれない可能性に。


 そして。


「そ、その……君はウィルフレッドと、どんな関係なのですか……?」


 聞いた。聞いてしまった。

 最推しの彼女の幸せを考えるなら、エイバル王に頼み込んで婚約を解消して、妄想の中で後方彼氏づらするだけで満足したほうがいいのかもしれない。


 でも、『エンハザ』では一切知ることができなかった、たくさんの彼女の色々な姿を見てしまったら、婚約解消どころか手放すなんてこと、どうしたって無理なんだ。耐えられないんだ。


 それなら……たとえ傷つくことになっても、聞きたくないような過去であっても、僕は知りたい。

 『エンゲージ・ハザード』の本編のその先も、彼女の隣にいるために。


 すると。


「ふふ……」


 何故かサンドラに、苦笑いされてしまった。


「え、ええと……」

「すみません。そうですね……やはりハル様は、たとえ覚えておられても、お分かりになりませんでしたよね」


 え? 僕が分からないって……ひょっとして、僕も何か関係しているの?

 というか、覚えていても分からないって、どういうこと?


「では、少々長くなってしまいますが、どうかお付き合いくださいませ。あなた様と私、そしてあの男……ウィルフレッドとの、幸せで愚かなあの日・・・のことを」

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