ヤンデレお兄様に睨まれてしまいました。

「……これは失礼しました、ハロルド殿下。アレクサンドラの唯一無二の・・・・・兄である、セドリックです」


 右手を差し出し、微笑むセドリック。

 だけど、彼の糸目は開いたままで、表情とは裏腹にサファイアの瞳は明確に『この男を妹の婚約者とは絶対に認めない』と訴えているよ。


「ハ、ハロルドです……」


 僕はセドリックの右手をつかみ握手を交わす……って、痛いので力を弱めてもらってもいいですか? あ、そのつもりはないんですね。


「それでアレクサンドラ、私に逢いたくて呼び出してくれたのは嬉しいけど、何かあったのかい? 婚約者に酷い目に遭わされたとか?」

「婚約をして正式にご挨拶をしておりませんでしたので、優しいハロルド様がお気になさっていたのです。あと、ハル様は私のことをとても大切にしてくださいます」

「……そうか。アレクサンドラは、殿下のことを“ハル”と呼んでいるんだね」


 サンドラが惚気のろけたので、薄い顔のはずなのに顔の掘りがますます深くなっていくんだけど。


「だそうですが、本当なのですか?」

「あ、あはは……その、今日は無理を承知で、サンドラに……」

「……サンドラ?」

「ヒイイ」


 殺気のこもった視線を向けられ、僕は軽く悲鳴を上げてしまった。

 どうやらいつもの調子で彼女を愛称で、しかも敬称もつけずに呼んだことが、セドリックの逆鱗に触れてしまったみたいだ。


「これはどういうことかな? 私の愛しのサンドラを、たとえ王子とはいえそのような……」

「私はお兄様が『サンドラ』とお呼びになることを、認めてはおりませんが」

「っ!?」


 僕への糾弾きゅうだんにかこつけてシレッとサンドラのことを愛称で呼んだことで、愛する妹に絶対零度の視線を向けられるセドリックが、思わず息を呑んだ。ちょっとざまぁ。


「そ、そうだったね、すまない……それより、久しぶりの家族水入らずなんだ。今夜は二人だけで食事を……」

「あ、実は挨拶とは別に、お願いしたいことがありまして」


 悪いけど、僕を無視しようったってそうはいかないよ。

 多少強引でも、本題に入らせてもらうとしよう。


「お兄様、どうかハル様の願いをお聞き届けくださいませ」

「……ハロルド殿下、願いとは?」


 サンドラになだめられて、セドリックがこちらへ向き直って渋々尋ねてきた。

 完全に妹、溺愛系のシスコンヤンデレお兄ちゃんじゃないか。


 ま、まあとにかく、目的を果たすためにも、しっかりと交渉しないと。


「コホン……ご存知かもしれませんが、兄のカーディスとラファエルは、次期国王の座をめぐって派閥争いを繰り広げております」


 そう告げた瞬間、セドリックの視線がこれ以上ないほど鋭くなった。

 ひょっとしたら、僕が王位継承争いに参加することを危惧したのかもしれない。


 そんなことになったら、サンドラにも危害が及ぶと考えて。


 だけど。


「これまで僕は、実の兄であるカーディス第一王子を積極的に支持しておりましたが、本音を申し上げれば、そのような醜い争いに関わり合いになりたくありません」

「ほう……?」


 意外だったのか、セドリックが僅かではあるけれど身体の重心を前に預ける。

 少しは興味を持ってくれたみたいだ。


「このままでは、その争いに巻き込まれることは避けられない。そこで、僕は考えたんです。そうなる前に、王宮を出ようと」


 そう……いっそのこと第三王子の座を捨てて、王位継承争いからフェードアウトしてしまえばいいのだと。

 そうすれば、『エンハザ』本編に巻き込まれて『世界一の婚約者探し』という、くだらないことに付き合う必要もなくなる。


 もちろん、もし『エンハザ』のシナリオに付き合うことになるのなら、僕はサンドラを『世界一の婚約者』として全力で推すけど。


「なので、今すぐに……とはいかないかもしれませんが、いずれ臣籍に下って、シュヴァリエ家の末席に加えていただけないか、と思いまして」

「つまりそれは、当家に婿として来たい、ということですか?」

「はい」


 セドリックの問いかけに、僕は強く頷いた。

 フフフ……たとえ『エンゲージ・ハザード』という世界が僕をバッドエンドに巻き込もうとしても、絶対に逃げ切ってみせる。そのためなら、何だってしてみせるとも。


 セドリックはあごをさすりながら、しばらく思案していると。


「……ご自身の意思にかかわらず、ハロルド殿下が本当に第三王子の座から降りることができるのか分かりませんし、少なくともそのような重要な判断を、私の一存で決めることはできません」

「もちろんそれは理解しています。今日は義兄になるセドリック殿へのご挨拶と、あくまでも僕にそのような意思があることを、知っていただきたかっただけですので」


 当たり前だけど、王子の座を捨てて婿になりたいと言っても、『はいそうですか』となるわけがない。

 たとえ『無能の悪童王子』であっても、ちゃんとしかるべき手続きを踏まないといけないし、そうじゃないと意味がない。


 まあ、僕みたいな悪評高い王子なら、王位継承権を捨てたら手放しで喜ぶ連中ばかりだろうけどね。


「……ハロルド殿下のお気持ちは分かりました」

「セドリック殿、どうぞよろしくお願いします」


 僕は膝に手を付き、深々と頭を下げ……。


「ただし」

「っ!?」


 え? まだ何かあるの?


「そのようなことを口でおっしゃられても、簡単に信用できるわけではありません。ですので、殿下のお覚悟を試させてください。剣を交えて」


 セドリックは糸目を開き、ニコリ、と微笑んだ。

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