最推しの婚約者は最つよで最高でした。
「あの……よろしければ、私にあなた様の訓練のお手伝いをさせていただけませんでしょうか」
「へ……?」
アレクサンドラに胸に手を当ててそんなお願いをされ、僕は思わず呆けた声を漏らした。
だって、彼女は背も低く華奢な身体をしていて、今にも壊れてしまいそうで、こんな汗臭いことにはとても向いてないと思うんだけど。
「ふふ……こう見えても私、幼い頃から剣術をたしなんでいるんですよ?」
「そ、そうなんですか?」
「はい」
驚く僕に、アレクサンドラがクスリ、と微笑んで頷く。
でも、僕にはどうしても彼女が剣を振るう姿を想像できなくて、やはり首を傾げてしまった。前世の僕は、彼女はおしとやかで争いごとが嫌いな優しい女性というイメージを、勝手に持っていたから。
「むう……では、一度手合わせしてみますか?」
「え? は、はあ……」
どうやら僕の反応が気に入らなかったアレクサンドラは、口を尖らせてそんな提案をする。
こ、これは、どうしようか……手合わせをして、万が一怪我でもさせてしまったら、シュヴァリエ公爵のことだから、すぐにでも僕の命を狙ってきそう。
「では、よろしいでしょうか」
「え、ええ……」
結局、僕はアレクサンドラと手合わせをすることになった。
でも、ドレス姿で木剣を持つ彼女があまりにも不釣り合いで、強烈に違和感を覚えてしまう。
だけど。
「いかがでしょうか?」
「お、おみそれしました……」
アレクサンドラにあっさりと打ちのめされ、僕は無残にも地面に転がっていた。
「イテテ……ほ、本当にお強いんですね……」
彼女の手を借り、僕は情けない格好でゆっくりと立ち上がる。
「シュヴァリエ家は、王国の三分の一の領地を有しておりますから、国境にもかなり面しています。そのため、外敵から守り抜くためにも、当主をはじめシュヴァリエ家の者は強さを求められるのです」
「な、なるほど……」
彼女の強さの理由には納得だけど、それにしても強すぎると思う。
もちろん、そもそも今の僕が弱すぎるっていうのもあるけど、それを抜きにしても彼女の強さは群を抜いていた。
ひょっとしたら、メインヒロインすらも超えるんじゃないかと思えるほどに。
「手合わせをしてみて分かりましたが、ハロルド殿下には才能がおありだと思います。いずれ、王国に名を轟かせるほどに」
「ご、ご冗談を……」
「いいえ、冗談などではございません」
僕は前世で『エンハザ』をやり込んでいるので、少なくともハロルドが物理に関しては最弱クラスであることを知っている。
なので、アレクサンドラがお世辞を言っているのは間違いないんだけど……なんでそんなに自信満々なの?
まあ、優れたプレイヤーが優れた指導者ではないことは、よくある話だ。彼女の鑑定眼は、あまり信用しないでおこう。
「ですが、そのような強さを手に入れるためには、並大抵のことではありません。それに殿下は、三年後に私に相応しい御方なってくださるとおっしゃいました」
「は、はい」
「そこで、是非ともこの私に、あなた様がその強さを手に入れるまで、お手伝いをさせてくださいませ」
「ええええええええ!?」
い、いや、確かに手合わせする前に『訓練の手伝いをさせてほしい』って言っていたけど、今の口振りだと、今日限りというよりこれからずっとっていうこと!?
最初、アレクサンドラは婚約解消のためのネタを探すために僕の訓練を見ていたんだと思っていたけど、それならこの無様な姿だけで充分のはず。
だって、彼女が言っていたとおりシュヴァリエ公爵家では強さが求められるなら、僕は間違いなく落第点だと思うから。
なのに……彼女は、そんな僕が強くなるために、手伝うって言ってくれたんだから。
「そ、そのー……さすがにそれは、申し訳なく」
「遠慮はいりません。それに、ハロルド殿下が素晴らしい御方になられることは、全て
小さな胸に手を当て、アレクサンドラは凛とした
えーと……今の言葉ぶりだと、どうやら彼女は、僕との婚約解消を狙うというより、婚約者として相応しい男になるようにプロデュースする方針にシフトした……ってことなのかな。
そういうことなら、僕としても婚約解消される心配もなくなるし、そもそもそれが僕の目標でもあるから、願ったりかなったり、なんだけど……。
「ほ、本当に甘えてしまっても、よろしいのですか……?」
「はい」
……なら、お願いしてもいいのかな。
一応、僕も育成プランは考えているけど、魔法関連の能力を含め、どうやって鍛えればいいか分からないことも多いからね。正直、メッチャ助かる。
「あ、ありがとうございます! 本音を言いますと、闇雲に鍛えるばかりで、どうすれば強くなれるのか分からなかったんです!」
僕は満面の笑みで、何度も頭を下げた。
少なくともアレクサンドラが僕より強いことは事実だし、そのほうが間違いなく効率がいい。
何より、僕の最推しのヒロインと一緒にいられるんだから、それはもう嬉しいに決まってる。
「……やはり、ハロルド殿下ですね」
「へ……?」
「なんでもありません。では、訓練を再開いたしましょう」
ということで、僕はアレクサンドラ指導のもと、訓練を行う……んだけど。
「う、うぐう……」
「ハロルド殿下、あと百回頑張りましょう」
彼女の教え方は非常にスパルタで容赦なく、僕はもはや
正直、もう指一本も動かしたくないはずなのに。
「九十二……九十三……」
「残り七回です」
彼女の声を聴くたびに、嬉しくて無理にでも頑張ってしまう僕がいるんだけど。本当に、チョロインだよなあ……。
「九十八……九十九……百! ぶは……っ! ハア……ッ! ハア……ッ!」
「ハロルド殿下、本当によく頑張りました」
身体に力が入らずに前のめりに倒れそうになる僕を、アレクサンドラが優しく抱き留めてくれた。
「ハア……ハア……そ、その……僕、汗がすごいし、君を汚してしまいます……」
「この汗は、あなた様が頑張った証。汚くなどありません」
うう……そんなことを言ってもらえて、嬉しくて泣きそう。
でも、アメとムチの使い分けが上手いなあ……完全に手のひらで転がされているよ。
その時。
「ハロルド殿下。そろそろカーディス殿下との夕食会のお時間です」
マリオンが訓練場までやって来て、抑揚のない声で告げた。
ああー……もうそんな時間か。
でも、せっかくアレクサンドラが僕の指導までしてくれたのに、彼女を置いてそっちに行くのは気が引けるというか、『エンハザ』の主要キャラと関わり合いになりたくないというか、そもそも行きたくないというか。
「私のことはお気になさらず、どうかカーディス殿下とのご夕食を楽しんできてください」
「す、すみません……この埋め合わせは、必ず……」
僕を気遣い、そう言ってくれたアレクサンドラに、ただただ平謝りをする。
そんな中。
「…………………………」
何の感情も籠っていないかのように、無表情で僕達を眺めているマリオンが視界に入った。
彼女からすれば、ここに呼びに来るだけでも面倒だし、こんなことをしている暇があったら、サッサと着替えて夕食会に行けってところだろうな。
そんなことを、ぼんやり考えていると。
「ところで……そこのあなたは、どこの馬の骨ですか?」
突然、アレクサンドラがマリオンに対し、絶対零度の視線を向けた。
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