最推しの婚約者と二度目のエンカウントしました。

「ハロルド殿下。カーディス殿下の侍従より、今日の夕食をご一緒したいとのことですが」


 マリオンが僕の侍女になってから、ちょうど一か月の朝。

 よりによって、ありがたくもない話を持ち込んできたよ。


 ちなみにこの一か月、僕とマリオンの関係は決してよいものではなかった。

 僕が『エンハザ』の登場キャラとの接触を避けているっていうこともあるけど、彼女もまた、会話は必要最低限の事務的なものだけであり、悪評高い僕に関わらないようにしていることはありありと分かる。


 それに、僕に聞こえているのを承知で言っているのか、時折独り言で愚痴をこぼすし、舌打ちが聞こえる時もあるし。メッチャ感じ悪い。

 まあ、そうやって避けてくれるほうが、僕も余計な気を遣わなくて済むからいいんだけどね。


 え? それならさっさと侍女をクビにすればいいじゃないかって?

 馬鹿だなあ……マリオンは『エンハザ』のメインヒロインなんだよ? そんなことをしたら、いざ本編が始まった時に、目の敵にされてますますバッドエンドに近づくじゃないか。僕は余計なフラグを立てたくないんだよ。


 とにかく、今考えるべきはカーディスとの夕食会についてだ。

 まあ、こんなことになった原因は、ハロルドが母親のマーガレットに認めてもらうために、カーディスに全力で媚びを売っていたせいだ。この太鼓持ち野郎め。


 以前のハロルドの記憶でも、カーディスとしても実の弟であることもあり、何かの役に立つだろうっていうような感覚で、そばに置いていてくれたみたいだし、まあ、悪いようにはならないとは思う。ならないよね?

 とはいえ、ハロルドの記憶にあるカーディスの視線は、とても弟に向けるようなものじゃないと思うけど。


 だけど……カーディスって僕より年齢が二つ上だから、今は王立学院の一年生だよね?

 王立学院はたとえ王族であっても寄宿舎での生活を求められるから、まだ長期休暇の時期でもないし、どうして皇宮にいるんだ? 実際、前世の記憶を取り戻してから一度も会ったことないし。


 ……嫌な予感がするけど、断ったら断ったで面倒なことになりそうだなあ。


「いかがなさいますか?」

「……ご一緒すると伝えて」

「かしこまりました」


 うやうやしく一礼し、マリオンはそそくさと部屋から出ていく。

 彼女も、所作だけは完璧なんだよなあ……仕事はたまに手を抜いているのは知っているけど……って。


「あ、そうだ」


 いいことを想いついたぞ。

 夕食会の場で、カーディスにマリオンを押しつけてやることにしよう。


 そうすれば、僕はヒロインを遠ざけることができるし、マリオンもマリオンで、念願の自分を支援してくれる可能性のあるカーディスの侍女になれるかもしれない。一石二鳥じゃないか。


「フフフ……これで懸案事項が一つ消えてくれたよ」


 まあ、僕の侍女に配属されてたった一か月で担当替えになるんだから、周囲からすれば僕の不興ふきょうを買ったと思うだろうね。

 こういう時、評判の悪いハロルドだから違和感もなくて助かるよ。言っててつらい。


「さあて。それじゃ、行くとするか」


 ということで、僕は部屋を出ると訓練場へと向かった。

 前世の記憶が蘇ってから、僕は強くなるために毎日訓練をかかさないようにしている。万が一イベントに巻き込まれたりなんかして、死にたくないからね。


 だけど。


「……問題はどうやって強くなるかだ」


 ハロルドの記憶では、ゲームと同じようなレベルという概念がこの世界にはなかった。

 つまり、能力値をカンストさせるためには、自分自身を鍛えて強くなるしかない……んだけど。


「魔法スキルがない僕は、魔法攻撃力と魔法防御力をどうやって上げればいいんだろう?」


 訓練場の真ん中でたたずむ僕は、思わず首を傾げる。

 いや、物理関連に関しては、普通にトレーニングすればいいと思うんだけど、その理屈でいくなら魔法関連は魔法を使うことで鍛えられるってことは理解できるよ?


 でも、ハロルドは残念ながら物理スキルしか持ち合わせていないから、魔法を使う方法がないんだよね。


「ハア……こうなれば、魔法スキルを持つ武器を手に入れて、それで鍛えるしかないのかな……」


『エンハザ』に登場する武器の一部は、固有スキルを持っているものがある。

 その中に魔法スキルを有する武器を使用すれば、ひょっとしたら魔法関連の能力値を鍛えることができるんじゃないだろうか。確証はないけど、試してみる価値はある。


 本当にこの世界って、スキルっていう概念が存在するのにレベルの概念はないし、片手落ち感が否めない。逆もまたしかりだけど。


「いずれにせよ、僕がすべきことは、この貧弱な物理関連の能力をカンストさせて、少しはまし・・になることだ」


 そこから先・・・・・だって、方法がないわけじゃない。

 方法がないわけじゃないだけで、できるならやりたくないけど。


「とにかく、今は僕ができることを全力でやるだけだ」


 僕は木剣を持って構えると、ひたすら素振りをした。


 ◇


「九九八……九九九……一〇〇〇!」


 一千回の素振りを終え、僕は疲労でその場で突っ伏した。

 い、いやあ……この太っているとまでは言わないけど若干霜降ったハロルドボディには、なかなかこたえるよ……。


 僕はおもむろに、ぽっこりと出たお腹をふにふに触ってみる。

 というか、常々思うけど全体的に太っているより、痩せているけどお腹だけ出ている体型のほうが、恥ずかしく思うのはなんでだろう。


 まあでも、身体を鍛えてこのだらしないお腹を引っ込めるには、地道に頑張るしかない。

 何より、僕はアレクサンドラに約束したんだ。


「三年後、彼女に相応しい男になるんだ……って!?」


 身体を起こそうとした時に視界に入った、サファイアの瞳をした少女。

 というか、どうして彼女がここに!?


「ア、アレクサンドラ殿!?」

「ハロルド殿下、お疲れ様です」


 思わず声を上げた僕のそばに来ると、彼女はハンカチで汗をぬぐってくれた。


「そ、その……どうなさったんですか?」

「国王陛下が『いつでも王宮に来てよい』とおっしゃってくださいましたので、おそれながらハロルド殿下にお逢いしにまいりました」


 いや、僕としては最推しの婚約者が来てくれたことは最高に嬉しいけど、それでも、彼女の実家であるシュヴァリエ公爵家の領地は、王都から馬車で二週間の距離だ。そう簡単に来れるはずがないんだけど。

 何より、いくら婚約者とはいえ、僕は『無能な悪童王子』のハロルド。エイバル王の命令でなければ、僕なんかに近づきたくないはずでは……。


「実はお父様に許可をいただき、これから王立学院に入学するまでの間、王都のタウンハウスで過ごすことになりました」

「あ……そ、そうだったんですね」


 つまり、これからアレクサンドラとは、会おうと思えばいつでも会える距離にいるということだ。

 そこで僕は、ピン、ときた。


 彼女は、僕が婚約者として相応しくないことを見極め、父親のシュヴァリエ公爵に報告して婚約を解消しようっていう算段なんだ。


 それを考えるとちょっと悲しくなってしまうけど、僕はバッドエンドを回避するためにも、最推しの彼女と婚約破棄なんてしたくない。

 これは……一瞬たりとも気を抜いた姿を見せることができないぞ。


 そう思っていたんだけど。


「ですが……ハロルド殿下は、一か月前のお約束を果たそうと、早速頑張っておられたのですね」

「あ……あはは……」


 なんと、アレクサンドラが僕のことを褒めてくれた。

 意表を突かれたものの、面と向かってそんなことを言われたら嬉しくないはずがない。というかメッチャ嬉しい。


「ぼ、僕は才能がないばかりかずっと怠けていましたし、三年後に婚約者として君の隣に並ぶためには、人一倍努力するしかありませんから」

「そうですか……」


 そう言うと、アレクサンドラは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたけど、すぐに元の表情に戻る。


 そして。


「あの……よろしければ、私にあなた様の訓練のお手伝いをさせていただけませんでしょうか」

「へ……?」


 アレクサンドラに胸に手を当ててそんなお願いをされ、僕は思わず呆けた声を漏らした。

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