僕が一番必要なのは、『大切なもの』を守ることだけでした。

「ハロルド殿下。申し上げておきますが、私は元々、シュヴァリエ家の中でも武よりも内政において才能を見出しております。ですので、今回の結果は決して私の本来の実力ではないことを、ご承知おきいただければ」


 ええー……セドリック、メッチャ早口で言い訳を始めたよ。

 というか、最初に僕に立ち合いを挑んだのはあなたですよね?


「お兄様、見苦しいですよ。素直にハル様の実力をお認めになられてはいかがですか?」

「むう……」


 サンドラに冷ややかな視線を向けられ、セドリックはうなる。

 でも、仮に内政面で勝負したとしても、僕が勝つと思うけど。


 だって、僕には前世で大学生だった頃の知識があるんだよ? しかも、経済学部だし。ラノベあるあるの内政チートだってお手のものだよ。

 ただし、それを発揮するのは僕のバッドエンドを回避してからだ。それまでは、何が起こるか分からないからね。大人しくしておくに限る。


「ハア……分かったよ。負けを認める」


 大きく溜息を吐いたセドリックは、両手を上げて苦虫を噛み潰した表情でかぶりを振った。

 まあ僕は、別に勝ち負けにこだわってはいないけどね。


 僕が求めているのは、シュヴァリエ公爵家への婿入りであって、セドリックをねじ伏せたいわけじゃない。むしろ、今後のことを考えれば良好な関係を築きたい所存。


「ですが殿下。負け惜しみというわけではありませんが、殿下から受けた一撃は、非情に軽いものでした。あれでは、生死のやり取りをする戦場では、通用しないでしょう。やはり、盾だけではなく剣を持つことにしたほうが……」

「剣なら持っていますよ。それどころか、弓などの飛び道具や、魔法だって」

「……それは、私を見くびって使われなかったということですか?」


 セドリックが糸目を開き、青い瞳で僕を睨む。

 ひょっとしたら彼は、僕が見下したと誤解したのかもしれない。


「違いますよ。僕は剣も弓も、魔法だって使えません、」

「では、どういうことですか?」


 あはは、分からないよね。

 でも……僕は、手にしたんだ。


 サンドラと婚約して、モニカが僕の専属侍女になって、キャスが僕の相棒になったおかげで。


「……僕の剣は、サンドラです。弓はモニカ、魔法はキャス。僕に剣や弓の才能がなくても、魔法が使えなくたって、全然構わない」


 僕はサンドラ、モニカ、キャスを見てニコリ、と微笑むと。


「なら、僕は守るだけです。剣を、弓を、魔法を……いや、『大切なもの』を」

「『大切なもの』を守る、ですか……」


 セドリックは視線を落とし、ポツリ、と呟く。

 そうだ。僕は守るだけ。そのために、僕はを選んだのだから。


「ハロルド殿下」


 勢いよく顔を上げ、セドリックが僕を見つめた。

 その表情に、さっきまであった僕に対する嫌悪感は見受けられない。


「? は、はい」

「アレクサンドラを……妹を、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるセドリック。

 その背中は、間違いなく大切な妹の幸せを願う、兄の背中だった。


「はい……僕は絶対に、サンドラを幸せにしてみせます。ですから、これからどうぞよろしくお願いします。義兄上」


 僕も負けじと、深々と頭を下げる。

 この『エンゲージ・ハザード』という世界を生き抜き、『世界一の婚約者』を幸せにするという、覚悟と決意を込めて。


 ◇


「では、これで失礼します」

「ええ。またいつでもいらしてください」


 初対面とは打って変わり、にこやかな表情のセドリックと握手を交わした。

 もちろん、嫌がらせみたいに強く握られたりはしてないよ?


 ただし、その視線は『早く帰れ』と訴えかけているけど。


「サンドラも、また明日よろしくお願いします」

「はい……」


 ちなみにサンドラは、名残惜しそうにずっと僕の腕にしがみついていたりする。

 もちろん、最高に幸せですとも。


「お嬢様。そろそろ離れてくださいませんと、王宮に帰ることができません。それに、この後はお約束どおりハロルド殿下を労わなければいけませんので。ええ、それはもう懇切丁寧に、たっぷりと」

「っ!? だ。駄目です! 絶対に駄目!」

「? ただ肩をお揉みするだけですが……お嬢様は、一体何を想像されたのですか?」

「ふああああ!?」


 うわあ……モニカめ、わざとだろ。

 あまり主人を揶揄からかいすぎるのはよくないと思うよ?


「だが、ハロルド殿下が当家の婿に……うむむ……」

「お兄様、この期に及んで、まだそんなことをおっしゃっているのですか?」


 今もなお納得していないハロルドに、サンドラは呆れた表情を浮かべた。

 シスコンというのは、こうも面倒くさい生き物なのか。勉強になったよ。


「セドリック様、お忘れでしょうか。ハロルド殿下がシュヴァリエ家の一員となられるということは、お嬢様が終生シュヴァリエ家で暮らすということを」

「っ! そ、そうか!」


 モニカのその一言で、セドリックは思いきり糸目を見開き、満面の笑みを浮かべる。

 というか、サンドラが結婚していようがいまいが、さらに付け加えるなら婿の僕がいようがいまいが、一緒に暮らせるならそれで問題はないみたいだ。


 あ、言っておくけど、僕はシュヴァリエ家の婿養子にはなりたいけど、同居は全力でお断りします。

 サンドラを溺愛する義父と義兄と一緒に暮らすなんて、罰ゲームでしかない。


「これは、今すぐにでも父上に話をしなければ……!」

「……では、帰りますね」

「はい。お気をつけて」


 意気込むセドリックを無視し、僕達はサンドラに見送られて王宮へと帰って行った。

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