ヤンデレお兄様と手合わせすることになりました。

「ハル様。ご武運をお祈りしております」


 シュヴァリエ家のタウンハウスに併設されている訓練場で、サンドラが胸に手を当てて激励してくれた。それだけで、メッチャ嬉しい。


「見ていてください。必ず義兄上に認めていただき、シュヴァリエ家の一員になってみせます」

「はい。ハル様なら必ず」


 僕とサンドラは見つめ合い、微笑み合っていると。


「ゴホン! ウオッホン!」


 ……それが気に入らないセドリックは、あからさまな咳払いをしているよ。

 でも、さっきから僕に向ける視線が、『絶対に痛い目に遭わせてやる』と、雄弁に語っているんですけど。


「では、今回の手合わせについて、勝利条件をあらかじめ決めておきましょう。そうだな……ハロルド殿下が、私に一撃でも与えることができたら、勝ちといたしましょう。逆に私は、殿下が『まいった』と言うまで、ということで」

「分かりました。それで構いません」


 なるほど……内容だけ聞くとだと、僕が圧倒的有利だと思う。

 でも、僕の攻撃なんて一つもかすらせない自信があり、かつ、僕に『まいった』と言わせないようにするための方法があるんだろうな。なかなか性格が悪い。


「絶対負けちゃダメだよ! 相棒!」

「ハロルド殿下が勝利したら、いろいろと・・・・・サービスいたしますので頑張ってください」

「モニカ!? 何を言っているの!?」


 純粋に応援してくれるキャスとは違い、モニカはこんな時でも揶揄からかってくる。

 おかげでサンドラの表情が、一瞬で険しい表情になってしまったよ。


 まあでも、三者三様ではあるものの、こんな僕を応援してくれて嬉しいに決まってる……誰からも応援してもらえないセドリックにメッチャ睨まれてるけど。


「では、始めましょう。いざ!」


 セドリックのその一言が、開始の合図となる。

 さて……一撃を与えたら僕の勝ちってことだけど、そもそもこっちは盾だし当てられる気がしない。


 それに、いくらシスコンの変態とはいえ、一応はサンドラの兄君。その実力は確かだろう。下手をしたら、一方的にやられるだけになるかもしれない。


「ハロルド殿下、来ないのですか?」

「ええ。あいにく僕の得物は剣ではなく、ですから」

「ああ、そうでしたね。今からでも構いませんので、剣を手にしますか?」

「まさか」


 僕に剣なんて必要ない。

 必要なのは、僕と僕の『大切なもの』を守るためのだけだ。


「ふう……なかなか頑固ですね。ですが……遠慮はいたしません!」

「っ! 来る!」


 セドリックがやれやれといった様子で肩をすくめてかぶりを振った刹那、木剣を肩に担いで地面を蹴り、一気に肉薄する。

 かなりのスピードだけど、サンドラやモニカほどじゃないな……って、油断したら駄目だろ。


 僕はセドリックの一挙手一投足を見逃すまいと、盾を構えて注視した。


 だけど。


「っ!? な、なんだと!?」

「へ……?」


 驚きの声を上げるセドリックとは反対に、僕は思わず呆けた声を漏らす。

 どうしてかって? いとも簡単に、彼の攻撃を防ぐことができたからだよ。


 いつものサンドラとの手合わせなら、今のやり取りだけで僕は地面に転がっているからね。

 これは、どう考えてもおかしい。


「あのー……ひょっとして、手加減してくれてます?」

「っ!? ……へえ、面白いことを言うじゃないか」


 僕はおずおずと尋ねると、見た目だけはにこやかな表情のセドリックも、さすがに怒りの形相に変わった。

 というか、怒るとこんな顔になるんだなー。相変わらず糸目ではあるけれど、上下ひっくり返したみたいに垂れ目から吊り目になったよ。


「アレクサンドラの婚約者かつ第三王子ということで、少し懲らしめる程度にしようと思ったが、もうやめだ。妹との婚約を解消すると泣いて懇願するまで、完膚なきまでに叩きのめしてやる」


 目を見開き、ニタア、と口の端を吊り上げるセドリック。

 何というか、シスコンってだけじゃなくて、彼も色々とヤバイな。


「シッ!」

「む……っ!?」


 先ほどと比べて格段にスピードが上がり、息を吐かせぬ連撃を仕掛けてくる。


「ははははははははははははははは! どうした! どうした!」

「…………………………」


 狂気に満ちた表情のセドリックに盾に何度も剣撃を叩きこまれ、僕は防戦一方だ。

 まあ、当然だよね。そもそも僕、盾しか持ってないんだし。


 でも。


「なっ!?」

「隙ありですよ」


 盾を斜めにずらして渾身の打ち下ろしをいなすと、無防備になった首と背中目掛けて、盾を振り下ろした。


「クッ!」

「残念。かわされてしまいましたか」


 咄嗟とっさに飛び退くセドリックを、僕は一歩も動かずに見据える。

 はたからは冷静沈着に映って見えているかもしれないけど、僕は今、ものすごく興奮していた。


 だって、まさか僕が、サンドラの兄であるセドリックに、ここまで渡り合えるなんて思ってもみなかったから。

 それも、僕が優位に立っていることに。


「サンドラ!」


 嬉しさのあまり、僕は満面の笑みでサンドラを見ると、彼女はニコリ、と微笑んで頷いた。

 そうか……君は最初から、こうなることが分かっていたんだね。


 でも、逆に分からなくなったこともある。

 僕は『エンハザ』でも物理関連の能力値は最低。一方で、名前のみで能力データはないセドリックだけど、サンドラの兄であることを考えたら、下手なヒロインよりもスペックは上のはず。


 なのに、互角どころか、むしろ僕のほうが実力は上。

 全キャラの能力を知っている僕にとって、この結果が信じられないよ。


 ……ひょっとしたら、ゲームにはない別の強さ・・・・があるのかな。


「あああああああああああああああああああッッッ!」


 雄叫びを上げ、セドリックは剣を構えて突進してきた。

 冷静さを欠いているというのもあるけど、それ以上に、手数よりも一撃の重さに重点を置いたんだろう。


 でも。


「ば、馬鹿な……」


 残念だけど、僕はそれよりも重い一撃を受け止めたことがある。

 サンドラの一撃や、あの魔獣ヘンウェンの一撃に比べれば、あなたの攻撃は軽い。


 そうだよね? みんな。


「ハル様! 今です!」

「ハル! やっちゃえ!」

「ハロルド殿下、決めてしまいましょう」


 世界一の婚約者と最高の相棒、それに憎めない専属侍女の声援を受け、僕は盾を水平に払った。


 そして。


「ぐ……う……っ」


 ――この勝負、僕の勝ちだ。

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