聖女だけでなく黒幕まで一緒でした。

 『エンゲージ・ハザード』における聖女クリスティアは、かなり特殊なヒロインだ。


 全ヒロイン中トップクラスの実力者で、上級の回復スキルを持つ数少ないキャラであり、『エンハザ』がリリースされてからサービス終了までの半年間の間に、なんと四回もの期間限定イベントが用意されるほど運営によるテコ入れが行われている。


 正直、かなり贔屓ひいきされていて、スチル一枚しかないサンドラにもっとリソースを回せって抗議メールを何度も送ったとも。


 だけどまあ、彼女は『エンハザ』のみたいなところもあるので、やむを得ないと言えばそれまでではあるんだけどね。


「カルラ、聞こえなかったのですか? 仮にもお二人は、デハウバルズ王国の王子殿下。無礼は許されません」

「……申し訳ありません」


 クリスティアに諭され、カルラは苦虫を噛み潰したような表情で謝罪した。

 あー……カルラからすれば、心の底から納得できないだろうなあ……。


 おそらくだけど、カルラはクリスティアに、僕とウィルフレッドに対して無礼を働けって指示をされたんだろうし。


 というのも、クリスティアのキャラ設定は策士で腹黒。何かにつけて主人公を試すような真似をしたり、時には大事件に発展するような陰謀を企てたりするのだ。

 それもこれも、バルティアン聖王国内……いや、本拠地の権謀術数が渦巻いサン=バルティア大聖堂内において、その中で生き抜くためにどうしても必要だからだ。


 そして、聖王国の幹部の一人がこの王都で起こした事件により窮地に立たされたクリスティアは、主人公に救われて『恋愛状態』に発展するというのが、彼女のメインシナリオである。


 だから、こうやって僕達をあおるような真似をしたのにも、きっと理由があるはずだ。

 考えられるのは、僕達がどのような人物なのか……果たして噂どおりなのかを確認するため。あるいは、こちらの出方を見て、聖王国にとって話を優位に進めるためってところかな。


 いずれにせよ、ヒロインなんかと関わり合いになりたくない僕としては、ホストとしての役割以上の対応をするつもりもないし、むしろ積極的に距離を取りたい所存。

 というか、どうしてクリスティアが使節団の一員にいるんだよ。そのせいで、従者のカルラまでついてきてるし。迷惑千万だよ。


「聖女様、どうぞお手を」

「うふふ、ありがとうございます」

「いえ……」


 カルラの謝罪を受け入れ、ウィルフレッドはクリスティアの手を取って馬車から降ろす。

 美男美女だけに、なかなか様になっているけど、マリオンの嫉妬の視線がすごい。こういうところ、さすがは主人公だね。意図せずしてハーレムと修羅場を構築し始めたよ。


「ところで、その……教皇猊下げいかはどうされました?」

「……誠に申し訳ありません。猊下げいかは出発の直前で体調を崩されてしまい、その代役としてこの私と、サルヴァトーリ枢機卿すうききょう猊下げいかがまいりました」

「ロレンツォ=サルヴァトーリです。どうぞお見知りおきを」


 僕の問いかけを受け、満を持して馬車の中から登場したのは、枢機卿すうききょうのロレンツォ。一言で言ってしまえば、白髪のイケメンである。

 だけど、それ以上に僕は心の中で頭を抱えていた。


 実はこのロレンツォこそが、『エンハザ』におけるクリスティアのメインシナリオで、聖王国を手中に収めるために彼女を亡き者にしようと画策する黒幕なのだ。

 というか、本編開始前に事件勃発の予感しかしないんですけど。どうしよう。


「それでは、皆様を国王陛下のもとへご案内いたします」

「はい、ありがとうございます」


 ウィルフレッドはクリスティアをエスコートし、僕はロレンツォと一緒にそのあとに続いた。

 カーディスは、今回はあくまでもウィルフレッドのフォロー役に徹しているため、僕のさらに後ろにいる。


 ということで。


「遠路はるばるよくぞまいった」

「労いのお言葉、ありがとうございます。この度の謁見により、デハウバルズ王国とバルティアン聖王国の両国のますますの発展と、揺るぎない強固な関係を結べること、大変嬉しく思います」


 エイバル王の前でかしずき、ロレンツォが口上を述べる。

 その後ろで、僕やウィルフレッド、それにクリスティアが同じく控えているんだけど……。


「うふふ」


 ……どうして僕は、クリスティアに見つめられているんですかね?

 お願いだから、僕のことは放っておいてください。


「……では、滞在中はゆるりとするがよい」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 つつがなくエイバル王との謁見は終了し、使節団を本日宿泊する部屋へと案内すれば、夜のパーティーまで自由時間だ。

 といっても、王宮から一歩も出るわけにはいかないし、何か問題が発生したらすぐに対処しなければいけないので、気が休まらないんだけど。


「聖女様。お休みいただくお部屋まで、ご案内いたします」

「ありがとうございます。ですが……せっかくですので、今度はハロルド殿下にエスコートしていただけると嬉しいです」


 ええー……ここで僕をご指名ですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る