僕のことを見てくれる人達はちゃんといました。

「フン……あのくずは、このような時ばかり張り切るのですね。まあ、取るに足らない小物らしくもありますが」


 ホールの中央でクリスティアとダンスを踊るウィルフレッドを睨みつけ、サンドラが吐き捨てるようにそんなことを言った。

 親でも殺されたんじゃないかと思うほどの彼女のウィルフレッドへの評価に、同情を……するはずがないじゃないか。


「サンドラ、あんな奴を見るのはやめてください」

「っ!? ち、違います! 私が見ておりますのは、いつだってあなた様ですから!」


 ちょっとねたふりをすると、サンドラは慌てて弁明した。

 何これ。必死な姿もメッチャ可愛い。


「あはは、冗談ですよ」

「あ……も、もう。酷いです」

「す、すみません!」


 今度は彼女がプイ、と顔を背けてしまい、立場が逆転してしまった。

 やっぱり、やり過ぎはよくないな……って。


「ふふ、お返しです」


 こちらへと向き直り、ちろ、と舌を出して悪戯っぽく微笑むサンドラ。

 ヤバイ。最推しの婚約者、カワイイしかない。


「……どうやらファーストダンスは終わったみたいですね」

「でしたら、次は僕達の番ということで」

「はい!」


 彼女の手を取り、僕はホールの中央へと向かう。

 他の者達も、同様にパートナーと一緒にダンスの輪の中に入ってくる……んだけど。


「あれは……」


 ロレンツォとカルラが、同じくダンスに加わった。

 だけど、彼女の表情は困ったような、渋々といった様子だ。


「っ!?」

「……ハル様。ダンスの最中に、他の女性に目移りするのはおやめくださいませ」

「あ、あはは……」


 ねたサンドラに軽く背中をつねられ、僕は苦笑いを浮かべた。

 確かに、ちゃんと彼女とダンスに集中しないと。


 曲に合わせ、僕とサンドラは軽やかにステップを踏む。

 相変わらず僕のダンスはちっとも上達していないけど、それでも、彼女のリードのおかげで何とか様になっていると思いたい。


 その時。


 ――ドン。


「おや、これは失敬」


 ぶつかってきたのは、よりによってロレンツォとカルラのコンビだった。

 涼しげな表情で軽く謝罪するロレンツォとは違い、カルラのほうは本当に申し訳なさそうな顔をしている。


「いえ、お気になさらず」


 ダンスでぶつかったりするのはよくあることだし、いちいち気にする必要はない。

 それに、ダンスが下手な僕は他の者を相手にしている余裕はないんだよ。


 ということで、すぐにサンドラに向き直ってダンスに集中した……んだけど。


「先程は、大変失礼しました」


 とまあ、ダンスが終わった直後にロレンツォに絡まれてしまったよ。面倒くさい。


「本当に気にしておりませんので、どうかパーティーをお楽しみ……」

「そうはいきません。第三王子であらせられるハロルド殿下に、無礼を働いたのです。到底許されるものとは思っておりません」


 ええー……しつこいなあ。僕はクリスティアシナリオの黒幕なんかと、関わり合いになりたくないんだよ。


 すると。


「サ、サルヴァトーリ猊下げいか! そろそろまいりましょう! これ以上聖女様のおそばを離れるわけにはいきません」

「お、おいおい……」


 気を遣ってくれたのか、カルラはロレンツォの手を取り、ここから離れようとしてくれた。正直、メッチャ助かる。

 なら、僕も全力で乗っからせてもらう所存。


「なら、なおさら僕達がお引き留めするわけにはいきません。これで失礼します」

「失礼いたします」


 僕とサンドラはお辞儀をし、そそくさとこの場を離れた。


「ハア……面倒でしたね」

「はい。ですが、あの方……カルラ様でしたか。少しだけ見直しました」


 溜息を吐いて同意を求めると、サンドラは頷いて表情を緩めた。

 カルラに対するサンドラの印象が変わって、結果的によかったのかな。


「では、余はこれで失礼するが、皆の者は存分に楽しむがよい」


 その後も、パーティーは何事もなく進み、エイバル王はご機嫌な様子で一足早く会場を後にした。

 とりあえず、初日としては及第点といったところかな。僕は別に何もしてないけど。


 そう、思っていたんだけど。


「ハロルド殿下、今日はお疲れ様でした!」

「殿下のおかげで、無事に進みました! 感謝申し上げます!」

「あ……」


 パーティーを取り仕切っていた文官や使用人達が、わざわざ僕のところに来て、笑顔で労いと感謝の言葉を告げてくれた。

 ほ、本当に、僕は何もしていない、んだけどな……っ。


「ふふ……やはり、分かる者には分かるのです。ハル様が、聖王国の使節団を迎えるに当たり、どれだけお心を砕いておられたのか」

「あ、あはは……っ」


 前世の記憶を取り戻すまでの僕……ハロルドは、ただ母に求めてもらいたくて、周囲のことなんて何一つかえりみずに、ただひたすらカーディスの機嫌ばかりうかがっていた。


 でも、立花晴としての記憶が蘇り、最低の未来を知って、前世の最推しの女性ひとと出逢って、色んな彼女の表情を知ったおかげで、僕はこんなにも変わることができたんだね……。


「ハル様……」

「う、うん……っ」


 せっかく頬をつたう涙をぬぐってくれたのに、サンドラが誰よりも嬉しそうな顔をしているものだから、涙が止まらないんだけど。


 本当に……僕の最推しの婚約者は、最高だよ。


―――――――――――――――――――――――――――――


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