聖騎士ヒロインと本気で闘うことにしました。

「ハア……気が重いなあ……」


 使節団を歓迎するパーティーから一夜明け、僕は訓練着に着替えながら盛大に溜息を吐いた。

 いや、どうせわざと負けるとはいえ、それでもカルラと試合をしなきゃいけないなんて、地雷もいいとこだよ。


 というか、まだ本編開始まで二年以上あるっていうのに、既に三人のメインヒロインとエンカウントしてるんだよ? 主人公とヒロインには関わらないっていう最初の僕の目標はどこへいった。


「ハルゥ……本当にボクじゃなくてもいいの?」

「うん。試合といっても相手は木剣で、僕も木の盾を使うことになるからね」


 キャスが僕の頬にすりすりしながら、心配そうに尋ねるけど、そもそも『漆黒盾キャスパリーグ』なんて使ったら、下手をすれば王国に目をつけられて、召し上げられてしまうじゃないか。

 大切な相棒を、あんな連中に取られてたまるか。


「キャスさん、そういうことですので今日は決して話したりしてはいけませんよ?」

「はあい……」


 モニカに釘を刺され、キャスは肩を落とした。

 まったく……そんな顔しなくても、僕のことを心配して応援してくれている気持ちは、ちゃんと伝わってるから……って。


「? どうした、キャス?」

「えへへ……本当にハルは、どこか抜けてるよね」

「ハロルド殿下、思いきり口にされておりましたよ? 『僕のことを心配して応援してくれている気持ちは、ちゃんと伝わってるから』と」

「グハッ!?」


 まさか心の声が漏れていたなんて、メッチャ恥ずかしい。穴があったら入りたい。というか、穴を自分で掘るべきだ。

 まあ、キャスも顔をゆるっゆるにするくらい嬉しそうだし、よかったのかな。モニカにはこれをネタにしばらく揶揄からかわれそうだけど。


「ハロルド殿下、そろそろお嬢様がご到着なさるお時間です」

「うん」


 僕達はサンドラを出迎えるため、玄関へと向かう。

 一応、誰が見ているか分からないので、キャスには静かにしているように念を押して。


 そして。


「ハル様、おはようございます」


 僕の手を借りて馬車から降りるなり、優雅にカーテシーをするサンドラ。

 うん、今日も僕の最推しの婚約者は素敵です。


「それでは早速、訓練場に向かいましょう。カルラ様との試合の前に、身体を温めておきませんと」

「そうですね」


 ということで、僕はサンドラの手を取って訓練場へと足を運んだ……んだけど。


「む……ハロルド殿下」

「カルラ殿」


 訓練場には、既にカルラがいた。

 考えることは同じようで、彼女もウォーミングアップをするみたいだ。


「フフ、今日はどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「といっても、私が勝たせてもらいますが」

「あ、あはは……お手柔らかに」


 僕達は笑顔で、握手を交わす。

 彼女の手は剣たこがいくつもあってごつごつとしており、いかに剣を振るってきたのか……剣に真摯しんしに向き合ってきたのかが分かった。


 ハア……今日はわざと負けるつもりだったんだけどなあ……思いどおりにいかないや。


 僕は隣のサンドラを見て、苦笑する。

 彼女も意図が分かったようで、笑顔で頷いてくれた。


 カルラは騎士道精神にあふれた、清廉潔白な尊敬できるヒロインだということを分かっていたはずなのにね。

 彼女の手を握ってそのことを思い出すなんて、あれほど『エンゲージ・ハザード』に夢中になっていたっていうのに、これじゃファン失格だよ。


 だから。


「やっぱり、僕が勝たせていただくことにします」

「ほう……それは楽しみです」


 握る手を強め、カルラは嬉しそうに笑みをこぼした。

 おっと、これは余計なことを言ってしまったかな。


 でも、そんな彼女だからこそ、僕は本気で戦わないといけないって思ったんだ。

 そうじゃなきゃ、彼女に失礼だから。


 そうして僕達は、試合時間までみっちりとウォーミングアップをした。

 万全の状態で、戦うために。


「あら……お二人とも、もう来ておられたのですね」


 試合時間の直前になり、クリスティアはウィルフレッドにエスコートされて姿を現した。

 その後ろには、ロレンツォ達使節団の面々だけでなく、カーディスやラファエルまで引き連れて。


 というか、昨日のパーティーでダンスを踊っている時も、二人で何かささやき合っていたからなあ。ひょっとしたら、マリオンみたいに『エンハザ』本編開始前に『恋愛状態』になったのかもしれない。思いのほかヒロインに手を出すのが早いぞ、この主人公。


「今日の試合、デハウバルズ王国とバルティアン聖王国の互いの威信と誇りがかかっている。そのため、王国を代表してこの私が、聖王国を代表してサルヴァトーリ猊下げいかが審判を行う」


 ハア……別に僕は、王国の威信や誇りなんてかけた覚えはないんですけどね。

 それに、僕のことを役立たずだと断じたカーディスが、今さらそんなことを押し付けてくるって、どういう了見だ……って、そういうことか。

 つまり、聖王国の面々がいるこの場において、僕が『無能の悪童王子』に相応しい醜態をさらすことで、僕を追い詰めようとしているんだな。


 カーディスの企みなのか、それとも、ウィルフレッドの仕業なのか、あるいはその両方か。

 いずれにせよ、こんな僕をおとしいれるために、くだらない悪知恵が働くものだよ。


「フ……私は別に何であろうと構わない。ただ、ハロルド殿下と全力で手合わせするのみ」


 カルラは口の端を持ち上げ、木剣を構える。

 そうだね。周りなんて関係ない。


 僕は、ただ彼女の剣に応えるだけだ。


「ん? ハロルド。お前……武器はどうした?」

「いりませんよ。僕はこの盾だけで充分です」


 不思議そうに尋ねるカーディスに、僕は淡々と告げた。


「うふふふふ! まさか、ハロルド殿下はカルラの剣を一方的に受けようというのですか!」

「「「「「ははははははははは!」」」」」


 吹き出したクリスティアを皮切りに、使節団の面々をはじめ、ウィルフレッドやカーディスまで腹を抱えて笑い出す。

 笑っていないのは、目の前のカルラと、興味深そうにこちらを見ているラファエル、そしてサンドラ達だけだ。


 いや、むしろサンドラやモニカは笑っている連中に絶対零度の視線を向けているし、キャスに至っては尻尾と毛を逆立てて今すぐにでも飛びかかりそうな勢いなんだけど。


「ハロルド殿下、外野などはどうでもいい。全力で、戦いましょう」

「はい!」

「フハハ……は、はじめ!」


 必死に笑いをこらえるカーディスの合図で、僕とカルラの試合が始まった。


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