最推しの婚約者の兄に会いにいきました。

「……それは、やめておいたほうがいいかと」


 サンドラは、メッチャ微妙な表情でそう告げた。

 ひょっとして、今まで挨拶がなかったことに、彼女の兄のセドリックはご立腹なのかな。どうしよう。


「身内の恥をさらしてしまい恐縮なのですが、兄はハル様との婚約を、最後まで反対なさっておりました。その……あの方は少々、妹である私への愛情が重いところがありますので」


 おっと、彼女の兄はシスコンだったか。

 それなら、妹を奪った僕なんて毛嫌いするに決まっている。


「そういうことですので、ハル様が兄にお会いする必要はございません」


 サンドラは真剣な表情で、はっきりと言い切った。

 でもなあ……今後のことを考えれば、今のうちから関係を構築したほうがいいんだよね。


 だって。


「その……僕は王子といっても第三王子ですし、国王陛下をはじめ誰も僕に期待する者もおりません。いずれは臣籍に降り、適当な領地を貰って王宮を出ていくことになるでしょう」

「…………………………」

「なら、いっそのことシュヴァリエ家に婿養子になるというのも悪くないのではと、最近は思うようになりまして……」

「っ!?」


 そう告げた瞬間、サンドラは息を呑んだ。


「あ、も、もちろん、僕は別にシュヴァリエ家の当主になりたいわけではないですし、むしろ君の兄君の下に仕える形で……」

「なるほど、ハル様のお気持ちはよく分かりました。それであれば、すぐにでも兄との面会の場をご用意いたします」


 サンドラが顔を上気させ、興奮した様子で、ずい、と身を乗り出す。

 その様子から察するに、僕の提案に乗り気になってくれたみたいだ。


「モニカ、聞きましたね? すぐにでも……ええそうね、お兄様には今から王立学院からタウンハウスに来てもらいましょう」

「かしこまりました。すぐに手配いたします」


 モニカはそれはもういい表情でうやうやしく一礼すると、すぐに訓練場から姿を消してしまった。

 ちょっとでも面白そうなにおいがすると率先して動く行動力、ある意味尊敬する。


「そうなりますと、ハル様も準備が必要ですね」

「そ、そうですね」

「ねえねえ、ボクは?」

「もちろん、キャスもですよ」

「わあい!」


 とまあ、よく分かりもしないのに大喜びのキャス。

 というかサンドラ、魔獣も面会させていいの? いきなり襲いかかったりしない?


「ふふ、シュヴァリエ家は、あなたを歓迎しますよ」

「美味しいお菓子、たくさん食べれる?」

「もちろんです」


 一抹いちまつの不安を覚えつつも、楽しそうにしている婚約者と相棒を見て、僕は何も言えなくなった。


 ◇


「ふふ……そんなに緊張なさらなくても、私もおりますので大丈夫ですよ?」

「は、はあ……」


 シュヴァリエ家のタウンハウスへと向かう馬車の中、サンドラがクスリ、と笑う。

 だけど、シスコン兄とこれから会うのだから、僕は不安で仕方ないんだけど。


「……お嬢様がいらっしゃる時はいいですが、ほんの僅かでも席を外された時は、ご注意ください」


 モニカ、そんな楽しそうに耳打ちしなくてもいいじゃないか。というか、不安をあおってどうしようっていうんだよ。


「ハル、楽しみだね!」

「そ、そうだねー……」


 うんうん、キャスが嬉しそうで何よりだよ。僕の分まで好きなだけ楽しんでくれたまへ。


「着きましたね」

「は、はい」


 うう、緊張する。

 いよいよ僕は、サンドラの兄君にお会いするのか……。


 僕はキャスを肩に乗せて真っ先に降りると、サンドラとモニカの手を取ってエスコートした。

 モニカが手を添えた時、サンドラがメッチャ睨んでいたけど、さすがにこれくらいは許してほしい。


 モニカもモニカで、僕のことを『天然の女たらし』呼ばわりしてたけど。理不尽だ。


「それで、お兄様はまだ帰ってきていないのですか?」

「お嬢様、セドリック様は先程授業が終わったばかりです。もうしばらくかかるかと」

「美味しい! 美味しい!」


 お茶を口に含んで尋ねるサンドラに、モニカは表情を変えずに淡々と答える。

 ところでキャス、僕の膝の上でお菓子を食べるのはいいけど、ボロボロとこぼさないでくれるかな? まるで僕のマナーが悪いみたいじゃないか。


「本当は、お父様もご一緒できればよかったのですが……」

「仕方ございません。王立学院で暮らしておられるセドリック様はまだしも、お館様は領地におられますので」


 いやいや、さらにシュヴァリエ公爵まで来たら、それこそオーバーキルなのでやめてくださいお願いします。

 ……でも、僕とサンドラの将来のためには、避けて通れないんだけどね。切ない。


 緊張と不安にさいなまれ、僕は既に空になったティーカップを握りしめて震えて待つこと、一時間。


「アレクサンドラ!」


 勢いよく扉を開けて応接室に飛び込んできた、プラチナブロンドにサファイアの……うん、糸目だからよく見えない。

 でも、だからこそ彼がサンドラの兄君……小公子セドリック=オブ=デハウバルズだとすぐに分かった。


「お兄様、突然のお願いにもかかわらずお戻りくださり、ありがとうございます」

「何を言っているんだよ。可愛い妹に逢うためなら、当然じゃないか」


 優雅にカーテシーをするサンドラに、にこやかな表情を向けるセドリック。ただでさえ糸目なのに、さらに目を細めてしまっていて、もはや目をつぶっているようにしか見えない。


「それよりどうしたんだい? 急に私に逢いたいだなんて」

「実は、ぜひとも私の婚約者様にお会いしていただきたくて」

「……へえ」


 サンドラの視線に合わせ、セドリックもまた僕へと振り向いた。


 うわあ……さっきまで糸目だったのに、ちゃんとサファイアの瞳が見えるほど目が開いているよ。

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