最推しのヒロイン(じゃないけど)とエンカウントしました。

「これ、本当に大丈夫……?」

「は、はい! 今日のハロルド殿下は、いつにも増して素敵でございます!」


 などと使用人達は全力で誉めそやすけど、この格好は明らかに似合っていない。

 白を基調とした肩パットの入った礼服に、ギラギラした趣味の悪いアクセサリーの数々。

 もしこのゲームに『魅力』ステータスが存在したなら、装備した瞬間にデバフがかかりまくりである。


 これが主人公やライバルキャラなら万に一つも似合う可能性があるのかもしれないけど、あいにく僕はやられ役の腰巾着キャラ。マイナスをプラスに変える要素は皆無なのだ。


「や、やっぱりこの服装は駄目だ! 他のものにしてくれ!」

「っ!? かか、かしこまりました!」


 僕が大声で叫んで拒否したため、激怒したと思ったんだろう。

 使用人達は顔を真っ青にして、大慌てで別の衣装の準備に取りかかる。


 だけど、よくよく考えればハロルドは『エンハザ』でいつもこんな格好をしていたっけ。だから気を遣って使用人達が用意してくれたのかなあ。悪いことをした。


 とはいえ、今日は僕が生きるか死ぬかを左右すると言っても過言ではないほど、大事な面会なんだ。絶対に失敗するわけにはいかないので、少しくらい我儘わがままを言わせてもらおう。


 ということで。


「うん……うん! これだよこれ!」

「お、お気に召したようで何よりです……」


 衣装に着替え、満足げに頷く僕を見て、使用人達は安堵の表情を浮かべる。

 これくらい慎ましく清潔感のある服装なら、彼女・・の印象も少しはまし・・だろう……って。


「あ、ハンカチを忘れた」


 僕は侍女に告げると、ハンカチを用意してくれた。


「あはは……久しぶりに思い出しちゃったよ」


 竜の刺繍ししゅうが施されているハンカチを見つめ、僕は思わず頬を緩める。

 僕……というか、前世の記憶を取り戻す前の、幼い頃のハロルドの記憶。


 王宮の部屋の中に閉じ込められて泣いていた、ボブカットの綺麗な顔をした男の子に、同じハンカチをあげたんだよね。

 名前を聞きそびれちゃったけど、あの男の子は今も元気にしてるかな……。


「で、では、そろそろお時間ですので……」

「あ、もうそんな時間か」


 おっと、こんな時に物思いにふけっている場合じゃないね。

 僕は大急ぎで面会の場所……国王の待つ応接室へと向かう。


 そして。


「おお、ハロルド。待ちくたびれたぞ」

「も、申し訳ございません」


 僕の姿を見て相好を崩したのは、国王であり父である“エイバル=ウェル=デハウバルズ”。

 見た限りでは威厳がありつつも優しそうな印象があるけど、この男、何をとち狂ったのか、三年後に僕を含めた四人の王子を呼びつけ、『世界一の婚約者を連れてきた者を次の王とする』とか言い出すのだ。


 一見まともそうに見えても、いつ乱心するか分からないので、『エンハザ』本編が開始されるまでこれっぽっちも気が抜けない。


「? ハロルドよ、どうした?」

「へ!? あ、ああいえ、少し緊張してしまいまして……」


 いけない、少しボーっとしてしまっていた。集中しよう。

 すると、エイバル王の向かいに座っていた中年男性と少女が、ゆっくりと立ち上がった。


「ハロルド殿下、お会いできて光栄に存じます」


 少女は、優雅にカーテシーをする。


 プラチナブロンドの長く艶やかな髪に、サファイアのように輝く青色の瞳。

 透き通る白い肌に映える、柔らかそうな桜色の唇。


 彼女の名は、“アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエ”。

 デハウバルズ王国の領土の三分の一を所有する最大貴族、シュヴァリエ公爵家の令嬢であり、『エンハザ』の本編開始直後まで、僕の婚約者だった女性ひとだ。


 ハロルドは『エンハザ』本編において、例のエイバル王の宣言の後、すぐにこのアレクサンドラとの婚約を破棄するという、とんでもなく失礼極まりないことをやってのけるのだ。


 彼女よりも、もっと優れた女性を婚約者とするなどと抜かして。


 当たり前だけどシュヴァリエ公爵は激怒し、彼女の兄である公子や派閥の貴族達とともに王国に対して反旗をひるがえした。

 序盤からいきなり王国存亡の危機を迎えるけど、主人公が無事に解決することにより、その手腕を認められてメインヒロインの一人と出逢うことになる。


 要は、ここからハロルドの噛ませ犬・・・・プレイ・・・がスタートするわけだ。


 ちなみに、シュヴァリエ公爵は国家反逆罪で処刑、アレクサンドラも連座して同じく処刑されてしまう。

 最低最悪なハロルドなんかと、婚約したせいで。


 一応、チュートリアルシナリオでハロルドの婚約破棄のシーンは用意されていて、アレクサンドラもゲームに登場している。

 でも……前世の僕は、そんな薄幸の美少女が、並みいるヒロインを差し置いて一番の推しだった。


 たった一枚のスチルしかなく、表情差分すらなくても。

 台詞セリフだって三点リーダーしかなくて、声すらも当てられていなくても。


 それでも、一目惚れしてしまった僕にはそんなことは関係ない。

 彼女を知ったその日から、たった一度きりのシーンのためだけにチュートリアルを何十回もプレイし、配信レーベルには毎日のようにDLCとして彼女を登場させるように要望メールを出し、SNSでは一日一回彼女への称賛を呪詛じゅそのように呟き、掲示板サイトで彼女をけなす書き込みがあれば速攻で叩き潰す……機会はなかったな。マイナー過ぎて。


 それほど僕は、アレクサンドラに惚れ込んでいた。

 だから今、こうやって感動と緊張で何も言えなくなってしまうのは、仕方のないことなのだ。元々、女子との会話はメッチャ苦手だけど。


「……どうやらハロルド殿下は、我が娘がお気に召さないようですな」

「っ!? も、申し訳ございません! アレクサンドラ殿のあまりの美しさに、その……緊張してしまいまして……」


 シュヴァリエ公爵にギロリ、と睨まれ、僕は慌てて謝罪する。

 もちろん、今の言葉に嘘偽りは一切ない。


「ハッハハハハ! そうかそうか! 気に入ったようで何よりである!」

「…………………………」


 ご機嫌で笑うエイバル王とは対照的に、娘を褒められたにもかかわらず不機嫌な表情を隠さないシュヴァリエ公爵。

 やはり僕とアレクサンドラの婚約には反対のようだけど、僕の評判を知っていれば当然か。


「うむうむ! では、我々がいないほうがお互い話しやすかろう。ハロルドよ、アレクサンドラ嬢に、王宮内を案内して差し上げるのだ」

「はい」


 国王に頷き、アレクサンドラの前に来ると。


「ア、アレクサンドラ殿、どうじょ……!?」

「あ……」

「っ!?」


 まがりなりにも第三王子であるにもかかわらず、僕は彼女の前でひざまずき、右手を差し出した……けど、舌を噛んでしまったせいで台無しだよ。

 ただ、僕の行動が予想外だったらしく、シュヴァリエ公爵が開いているかどうか分からない糸目を、思いっきり目を見開いているよ。


「コホン……では、まいりましょう」

「はい……」


 舌を噛んでしまった失敗を誤魔化して咳払いをすると、そっと添えた彼女の小さな手の温もりを感じつつ、僕達は国王と公爵に見守られて応接室を出た。

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