大切な人達に、感謝をこめてプレゼントしました。

 聖女クリスティアと聖騎士カルラの使節団が、王国を後にして聖王国へ帰って行った日から、ちょうど一か月。


 今日も僕は、サンドラとの特訓に明け暮れている……んだけど。


「ヒイイイイイイイ!? サ、サンドラ、もう少し手加減してください!?」

「いいえ、そうはまいりません。ハル様には、もっともっと強くなっていただかないと」


 その内容は凄惨を極め、容赦ない攻撃が次々と僕を襲う。

 あの『称号』イベントでギガントスプリガンを倒して以降、鬼のような特訓メニューを繰り返しているのだ。


 いや、サンドラが僕のためを思って鍛えてくれていることは分かっているよ? でも、だからってこれはやりすぎなのでは?


 そうして、盾で防御することも忘れて逃げ回ること、ほんの数分。


「ううううう……もういっそ殺してくれえええ……」


 地面に転がる僕は、口から魂のようなものをこぼしながら呪詛を吐く。

 まさか転生して生き地獄を味わうとは、思いもよらなかったよ……。


 だけど、まるで鬼神のように思えたサンドラは、特訓終了の合図とともに、女神へと変身するんだ。


「ふふ……今日もお疲れ様でした。やはりハル様は、誰よりも努力家で、誰よりも強い心をお持ちです」


 ほらね? こうやって、自分が汚れてしまうこともいとわないで、膝枕して優しく微笑んで労ってくれるんだ。

 そのせいで、結局僕はこの地獄のような特訓を受け入れてしまうんだよなあ……トホホ。


「ところでハル様。十日後なんですが、何かご予定はありますか?」

「十日後、ですか……?」

「はい」


 うーん……基本的に僕の用事なんて、サンドラと逢って特訓するくらいしかないんだよね。

 そのことは彼女だって知っているはずだけど、わざわざ尋ねたってことは、何か大事なことでもあるのかな……。


「その……いかがでしょうか……?」


 ああうん、かなり重要っぽい。

 だって、サンドラにしては珍しく、すごく不安そうな表情を浮かべているから。


「もちろん大丈夫です。そもそもサンドラが予定を空けろと言うのなら、全てにおいて最優先で確保しますとも」

「まあ! ありがとうございます!」


 そう告げた瞬間、サンドラはパアア、と顔をほころばせた。

 いやもう、そんな程度のことでこんなにも喜んでくれる僕の婚約者、メッチャ可愛い。


「それで、十日後に何があるんですか?」

「はい! 実はお父様とお母様が、ハル様を屋敷にお招きしたいとのことです!」

「へ……?」


 まさかそんな罰ゲームが待っているなんて、思いもよらなかったよ。


 ◇


「うう……ほ、本当に大丈夫かなあ……」


 僕は何度も鏡を見つめ、入念にファッションチェックする。

 今日はいよいよサンドラのご両親……シュヴァリエ公爵と夫人にお会いするんだ。絶対に失敗できないんだから。


「ねえねえ! ボク、すっごく可愛いよね!」


 今日に限り、モニカお手製の服で着飾っているキャスが、同じく鏡の前で嬉しそうにクルクル回っている。

 そういえば前世の世界では、ペットに服を着せたりする飼い主もいたなあ。


 もちろん、キャスは大切な相棒・・であって、ペットなんかじゃないけど。


「ハロルド殿下もキャスさんも、とてもよくお似合いです。きっとお嬢様と奥方様も、お喜びになられることでしょう」

「ホント? わあい!」


 とまあ、モニカに褒められてますますはしゃぐキャス。

 逆に僕はといえば、サンドラはともかく母君を引き合いに出されて、ますます不安を募らせているよ。嫌われたらどうしよう。


 ということで。


「ねえねえ、この前のサンドラの兄様もいるの?」

「はい、もちろんです。本日のことはお嬢様もそうですが、セドリック様が段取りを含めかなりご準備をなされましたので」


 車窓から王都の景色を眺めるキャスが尋ねると、モニカが頷く。

 てっきりあのシスコンは、僕が来ないように妨害してくると思っていたけど、逆に骨を折ってくれていたとは予想外。逆に後が怖いんだけど。


「それよりハル様、例の物は……」

「もちろん、ここにあるよ」


 今日のために、急遽用意したサンドラへのプレゼント。

 以前、マーシャル家のパーティーの時は髪飾りだったけど、今回は彼女の瞳の色と同じ、サファイアの指輪にした。


 その……僕と彼女は婚約者なんだし、前世だったら婚約指輪をプレゼントするのは当然なので、そういう意味を込めて、ね。


 だけど。


「そのー……モニカとキャスにも、こんなものを用意していて……」


 僕はサンドラへのプレゼントとは別に、ポケットの中に忍ばせてあったものを二つ取り出した。


「これは……」

「あ、あはは……」


 モニカには彼女の瞳の色と同じ、ブラウンダイヤモンドをあしらったブローチを。キャスには黄金色に輝くトパーズのチョーカーを用意してみた。

 いつもお世話になっていてサンドラに負けないくらい大切な二人に、どうしても感謝の気持ちを込めてプレゼントしたかったんだ。


「……その、私はただの侍女に過ぎません。このような過分な物をいただくのは……」

「そんなことはない。君は『ただの侍女』なんかじゃないよ。僕にとって、かけがえのない女性ひとなんだからね」


 モニカの言葉が気に入らない僕は、少し怒った口調でそう告げる。

 もう少し、自分の価値を理解してほしい。


「本当に……あなたという御方は……」


 少しだけ戸惑いを見せたものの、モニカは確かに僕のプレゼントを受け取ってくれた。


「ねえねえハル! 僕の首につけて!」

「あはは、任せて」


 キャスにおねだりをされて、僕はチョーカーをつけてあげた。

 うんうん、よく似合っているよ。


「えへへ……ハル、ありがとね」

「どういたしまして」


 嬉しそうに頬ずりをするキャスと、少しうつむきながら口元を緩めるモニカを見て、僕もすごく嬉しくなって思いきり頬を緩めたよ。

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