嫌な予感は的中しました。
「……もしボクの言うことを聞くニャら、『漆黒盾キャスパリーグ』について教えてやらんこともないニャ」
コイツ……子猫の分際で、メッチャ悪い顔をしているよ。
だけど、『漆黒盾キャスパリーグ』を手に入れるためには、悔しいけどコイツに教えてもらうか、もしくは倒す……という選択肢はないですよね。お願いですから、そんなに睨まないでください。
「ハア……それで、お前の『言うこと』っていうのは?」
「なあに、簡単ニャ。このキャスパリーグ様の縄張りに居ついた不届き者を、八つ裂きにするだけニャ」
言っていることは物騒だけど、見た目が子猫なだけにイマイチ迫力に欠ける。
まあでも、キャスパリーグはおどけた様子を見せつつも、黄金に輝くその瞳は……どこか、悲壮感を漂わせていた。
ということで。
「断る」
「なんでニャ!? 『漆黒盾キャスパリーグ』が欲しくニャいのか!?」
「いや、欲しいけど……」
見た目はこんなのだけど、一応はデハウバルズ王国に言い伝えとして広まっているほど、このキャスパリーグという魔獣はこの世界で危険な存在。
……まあ、『エンハザ』では精々中ボス程度だから、大したことはないと考えて討伐に挑んだのも事実ではあるけど。
そうであるにもかかわらず、ただの人間である僕達に助力を求めるということは、自分の手に負えない
そもそも、僕はこの『エンハザ』の世界で平穏無事にひっそりと生き抜くことを目的に、『漆黒盾キャスパリーグ』を求めてきたんだ。
なのに、自分からさらに危険な目に首を突っ込んで本編開始前に死んでしまったら、それこそ意味がないじゃないか。
それに。
「ハロルド殿下……?」
僕は、アレクサンドラを危険な目に遭わせたくない。
「ひょ、ひょっとして、不届き者がニンゲンだと思ってるんじゃニャいか? それなら安心するニャ! ちゃんと魔獣だから問題ないニャ!」
乗り気じゃない僕を見て、キャスパリーグは必死に説得を試みる。
しかも、その敵が人間である可能性を危惧しているのではないかと、勘違いをして。
だけどコイツの口ぶりで、ますます危険な魔獣である可能性が高くなっちゃったんだけど。
「……ハロルド殿下。彼の言う『不届き者』がどのような者か、まずは確認してみてはいかがでしょうか?」
「そうですね。こう申し上げてはなんですが、お嬢様と私であれば、
見た目の可愛さにすっかり
……まあ、確認してヤバそうだったら、その時は逃げればいいか。
「ハア……僕達では手に負えないと思ったら、すぐに引き返す。それでいいな」
「っ! か、構わないニャ! だけど、『漆黒盾キャスパリーグ』を渡すのは、その魔獣を倒した時だけニャ!」
溜息を吐く僕とは正反対の、喜色満面のキャスパリーグ。
この反応や成功報酬に切り替えたことを踏まえれば、その魔獣が厄介な相手だということは容易に想像できる。
「こっちだニャ!」
僕の手から離れて嬉しそうに先導する子猫の魔獣を見て、僕はもう一度溜息を吐いた。
◇
キャスパリーグの後に続いて歩くこと、およそ二時間。
このモーン島はそれほど大きな島ではないので、おそらく、もうすぐ島の中心に到着するだろう。
「アレクサンドラ殿、大丈夫……って、不問ですね」
「はい」
全身を甲冑で覆っているため、重いし暑くて大変だろうからと声をかけてみたものの、彼女は僕以上に涼しい表情をしており、足取りも軽い。
やはり、僕とは身体能力のスペックが違い過ぎるみたいだ。
「それで、その魔獣がいるところまで、あとどれくらいかかりそう?」
「シッ!
キャスパリーグは器用に前足を口元に当てて、僕達に静かにするように促す。
近づくだけでここまでの警戒を見せているが、このことから、二つのことが考えられる。
一つは、相手に気づかれてしまった場合、たちまちピンチに陥ってしまうほど、危険な魔獣であること。
もう一つは、静かにしていれば、向こうに気づかれない……つまり、探知能力はさほどではないこと。
キャスパリーグが音を警戒しているところからも、これから対峙する魔獣は、ひょっとしたら目よりも耳のほうが優れているのかもしれない。
そして。
「……この先に、
草むらの陰で立ち止まり、キャスパリーグはこれまでの雰囲気とは打って変わって険しい表情を見せる。
それに……どこか、震えているようにも見えた。
「どれ……」
僕は草むらをかき分け、その先を
ああ……そもそもキャスパリーグがいる時点で、どうして僕は思い至らなかったんだろう。
雪のような白い肌とは正反対の、醜く醜悪な、肥え太った雌豚の巨大な魔獣……いや、かつて神の使いだった聖獣の成れの果て。
――レイドボス、“暴食獣ヘンウェン”。
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