相も変わらず主人公がちょっかいをかけてきました。

「ぜえ……ぜえ……あ、ありがとうございました……」


 マーシャル公爵家のパーティーから一か月。

 今日も僕は、サンドラとの特訓を終えて地面を転がっている。


「……モニカ、あなたはどう思う?」

「どうとは?」

「これからハル様が大人に成長すれば変わってくるでしょうが、少なくとも現時点で体力などの基礎的な能力は、これ以上の成長は見込めないと思うわ」

「私もそう思います」


 おおう……僕のそばで、二人が現実的で容赦ない会話をしているよ。

 つまり、僕の物理関連の能力はカンストしたみたいだ。


「なら、これからは技術面に特化して訓練メニューを考えたほうがよさそうね」

「はい。ハロルド殿下はご自身がお持ちのを使わずに、お嬢様の攻撃を半分近く防いでおられるのです。正直、底が見せません。さらに磨けば、きっと歴史に名をのこす御方になられるかと」


 モニカの意外な評価というか、買いかぶりがすぎる。

 僕はスキルを使わないんじゃなくて、使えない・・・・のだから。


 だけど、そうか……。

 能力値がカンストしたのなら、僕は次の・・ステップ・・・・に進むことができる。


「そ、その……これからの訓練で、僕からも提案というか、お願いがあるんです」


 僕は生まれたての小鹿のように足をプルプルとさせ、ゆっくりと立ち上がった。


「お願い、ですか……?」

「はい。サンドラとの手合わせの際には、キャス……というか、『漆黒盾キャスパリーグ』を使わせてほしいんです」


 物理関連の能力値がカンストした以上、次に鍛えるのは魔法関連。

 以前、サンドラやモニカにも教えてもらったけど、魔法関連の能力を鍛えるためには、『マナ』……つまりSPを使用しなければならない。


 なら、魔法スキルどころかスキルそのものが使えない僕は、『漆黒盾キャスパリーグ』を使うしかないんだ。


 あ、もちろん、サンドラとの手合わせでは、唯一の固有スキルである【スナッチ】を使うつもりはないよ?

 そんなことをしなくても、キャスにSPを与えてやれば、それだけで鍛えることができるのだから。


「キャスも、僕の特訓に付き合ってもらってもいいかな?」

「もちろん! なんたってボクは、ハルの相棒だもんね!」


 僕の肩に飛び乗り、キャスが頬ずりをする。

 モニカのお世話のおかげで黒く輝く毛並みも綺麗で、肌触りがメッチャ気持ちいい。


「かしこまりました。確かにそのほうが、盾の使用にも慣れますのでちょうどいいかと」


 サンドラの了解も得たし、明日から頑張ろう! ……って。


「ふふ……ご安心ください。この私が、必ずハル様を強くして差し上げます」

「あ、あはは……お手柔らかに」


 ニタア、と口の端を吊り上げるサンドラを見て、僕は戦慄した。

 おかげで僕のやる気は、あっという間に吹き飛んでしまったよ。


 ◇


「お嬢様、そろそろお時間です」

「ハア……もうですか」


 夕方になり、モニカに耳打ちをされたサンドラが、深く溜息を吐く。

 僕も名残惜しいけど、残念ながら彼女が屋敷に帰る時間だ。


「では、玄関までお送りします」

「はい……ありがとうございます……」


 僕の訓練のために毎日王宮に来てくれるサンドラだけど、玄関へと向かう時の彼女はいつだって意気消沈している。

 それだけ僕と一緒にいたいって思ってくれているってことだから、嬉しいのは嬉しいけど……うん、やっぱり僕も寂しい。


「……もう我慢の限界です。これはお父様に言って、早急に対策を講じないと……っ」


 何をしでかすつもりなのか分からないけど、ほどほどにね。

 唇を噛むサンドラを見つめ、僕は苦笑する。


「それでは、また明日お待ちしています」

「はい……明日も必ずお伺いしますから!」


 サンドラが車窓から僕を見つめる中、無情にも馬車はゆっくりと遠ざかって行った。


「ふう……それじゃ、部屋に戻ろうか」

「はい」

「うん!」


 僕は深く息を吐き、モニカと肩に乗るキャスにそう告げて振り返ると。


「ハロルド兄上」


 よりによって、ウィルフレッドと出くわしてしまった。

 しかも、そばにはちゃんとマリオンがいるし。唯一の専属侍女なんだから、連れ回して当然か。


 まあそれは、モニカしか専属侍女がいない僕も同じなんだけどね。


「ひょっとして、義姉上はお帰りになられたのですか?」

「オマエには関係ない」


 幼い頃のあの日・・・のサンドラを悲しませたウィルフレッドと、交わす言葉なんて何一つない。

 僕は吐き捨てるようにそう告げると、一瞥いちべつもくれずに二人の横を通り過ぎる。


 だけど。


「待ってください。俺とハロルド兄上は、同じカーディス兄上の派閥じゃないですか。それに、これまで色々ありましたが、俺達は兄弟です。これからはわだかまりを捨てて、カーディス兄上を次の国王にするために、一緒に……」

「好きにすればいいだろう。僕に構うな」


 派閥に入れて舞い上がっているのか知らないけど、そもそも僕は、カーディスとも距離を置くと決めたんだ。

 そういうことは、僕を除いて勝手にやってくれ。


 ウィルフレッドを振り切るように、僕は歩くスピードを上げてその場を立ち去ろうとしたのに。


「俺は、カーディス兄上に右腕として認められた」


 振り返ると、ウィルフレッドは勝ち誇るような笑みを浮かべていた。

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