小さな黒猫魔獣が盾に変身しました。

「なあ……『漆黒盾キャスパリーグ』は、どこにあるんだ?」


 見つめるキャスパリーグに、僕は尋ねた。

 少なくとも、僕と同じ闇属性の盾があれば、その性能を最大限に発揮できる。


 何より、防御一辺倒の僕も攻撃参加が可能になり、ヘンウェンのヘイトを集めつつ、アレクサンドラとモニカの負担を軽減できる。


「だ、だけど、あれはボクに協力してくれた時の報酬で……」

「今さらだろ。この状況で、僕達だってもうアイツを倒す以外の選択肢はないんだよ」


 本当は、二人が牽制している隙に逃げ出すことも可能だけど。

 もちろん、そんなつもりは一切ない。


「く……っ」

「っ!? モニカに加勢してきます!」


 やはり一対一だと分が悪いらしく、アレクサンドラは剣を構えてヘンウェンへと向かっていった。

 僕が盾役として参加しないと、ますます追い込まれてしまう……っ。


「キャスパリーグ!」

「わ、分かったよ! ……だけど、たとえどんな盾であっても、絶対に裏切らないで」


 ……物言いといい、ちょっとおどおどした様子といい、気になる点が満載だけど、今はこれに賭けるしかない。

 僕は強く頷き、『漆黒盾キャスパリーグ』を用意するのを待っていると。


「なっ!?」


 突然、キャスパリーグの小さな身体が、漆黒の闇に包まれていく。


 そして。


「…………………………」


 闇が晴れて現れたのは……手のひらサイズの盾!?


「い、いやいや!? これじゃ百分の一のガンプラサイズじゃないか!?」


 目を見開いた僕は盾を指でつまみ、思わずツッコミを入れた。

 た、確かに見た目は『漆黒盾キャスパリーグ』だけど、これじゃヘンウェンの攻撃を防ぐなんて、当り前だけど絶対に無理!


 すると。


「し、仕方ないじゃないか!」

「っ!? しゃべった!? ……って、その声はキャスパリーグか!?」

「そ、そうだよ! 悪い?」

「え……い、いや、そんなことはないけど……」


 このミニチュアの盾の正体であるキャスパリーグは、僕の視線とツッコミに耐え兼ねて涙声で逆ギレした。おかげで僕も戸惑ってしまい、つい遠慮してしまったよ。


「だ、だけど、さすがにこのサイズは……」

「……ボクは母様かあさまと違うんだ。まだ子供で『マナ』も少ないから、これが精いっぱいなんだもん」


 とうとうねて半ベソをかいてしまったキャスパリーグ。

 なるほど……だから成功報酬ということにして、あんなに『漆黒盾キャスパリーグ』を出せと言っても渋ったんだな。


 だけど。


「そのー……『マナ』って何?」

「へ……?」


 俺は素朴な疑問をぶつけると、キャスパリーグは呆けた声を漏らした。

 だけど、『エンハザ』における能力値はレベルのほかに、HPとSP、それに物理と魔法の攻撃力・防御力だけだ。『マナ』なんてパラメータは存在しない。


「し、知らないの!? ニンゲンだって普段使ったりしてるでしょ!?」

「だから僕の名前はハロルドだって。とにかく、僕は『マナ』なんて知らない……」

「ハロルド殿下! 『マナ』とはこの世界に生きる者全てに宿る、の根源! その者だけが持つを行使するために、絶対に必要なもの! あなた様にも身に覚えがあるはずです!」


 僕達の会話を耳聡く聞いていたアレクサンドラが、ヘンウェンに一撃を加えつつ教えてくれた。

 なるほど……おかげで理解したよ。


 つまり、『エンゲージ・ハザード』のSPこそが、みんなの言う『マナ』ってことなんだな。


 なら。


「キャスパリーグ。その『マナ』は、人から受け取ることは可能か?」

「い、一応、ボクはニンゲンから『マナ』を奪うことができるけど……」

「そうか」


 これはなんて好都合なんだ。


「で、でも! 母様かあさまと同じくらいの『漆黒盾キャスパリーグ』になろうと思ったら、ものすごく『マナ』が必要なんだ! ボクがお前から『マナ』を奪ったら、『マナ』切れであっという間に倒れてしまうよ!」

「なんだ、僕の心配をしてくれるのか?」

「っ!? ち、違うよ! どうしてボクが、ニンゲンなんかを……」


 僕が揶揄からかうように尋ねると、照れてしまったのか、キャスパリーグは即座に否定しつつも、言葉が尻すぼみになってしまう。

 というか、遭遇してからずっと思っていたけど、魔獣のくせに人間みたいな奴だなあ。目の前のヘンウェンのような、本能だけで動く聖獣の成れの果てとは大違いだ。


 だって、本来は敵である人間の僕のことを気遣って、そんな遠慮をするんだから。

 僕は盾の姿となったキャスパリーグを見て、クスリ、と笑うと。


「じゃあ、僕から好きなだけ『マナ』を奪い取ってくれ」

「ボクの話を聞いてた!? そんなことしたら、『マナ』切れ……」

「っ!? いいから早く!」


 モニカがヘンウェンに追い詰められているところを見て焦る僕は、語気を荒げてキャスパリーグに指示をする。


「も、もう! 知らないからね!」


 手のひらに乗る『漆黒盾キャスパリーグ』から、何か・・を吸い取られるような感覚。

 どうやら無事、『マナ』という名のSPは供給できているようだ。


「っ!? 豚の分際で……っ!」

「モニカ!?」

「ブヒイイイイイィィィィアアアアアアアアッッッ!」


 牽制を繰り返して時間を稼いでくれていたモニカが、とうとうヘンウェンに追い詰められて逃げ場を失い、覚悟を決めて武器であるダガーナイフの刃を向けて迎撃の構えを見せる。

 アレクサンドラは何度も攻撃を放つが、傷を負わせることはできても、その巨体ゆえにびくともしない。


 まだか……まだ……。


「ブヒェヒェエエエ……!」

「っ! 僕の大切なもの・・・・・を、やらせるかああああああああッッッ!」


 僕は叫び、勝ち誇るように舌なめずりをしたヘンウェンへ向かって、全速力で駆け出した。


 そして。


 ――ガキンッッッ!


「ブヒ?」

「っ!? ハロルド殿下!?」


 間一髪間に合った僕は、ヘンウェンが振り下ろした前脚を受け止める。


 この、鈍く輝く重厚な、黒鉄くろがねの『漆黒盾キャスパリーグ』で。

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