第一王子と完全に決別したら、第二王子に勧誘されました。

「どう思っていただいても構いません。とにかく、僕はウィルフレッドと一緒に肩を並べることだけは、絶対に認めない」

「っ!?」


 これまで、一度たりとも逆らったことがない僕……ハロルドは、強い口調で初めてカーディスを拒絶した。

 あの『エンゲージ・ハザード』のハロルドなら、派閥に残りつつウィルフレッドを失脚させるために動いていただろうけど、あいにく僕はそうじゃない。


 ウィルフレッドなんかと関わり合いになんて絶対になりたくないし、別にカーディスに認めてもらいたいとも思わない。もちろん、母親のマーガレットにも。

 だから、僕がカーディスの派閥にいるメリットは何一つないし、むしろデメリットだらけだよね。


 それに。


「…………………………」


 表情は変えなくても、今もこうして僕のためにサファイアの瞳に怒りをたたえてくれているサンドラのためにも、僕自身が卑屈になってたまるか。


「そんなもの、認めるわけにはいかん! お前は私と同じ母を持つ肉親であり、第三王子なのだぞ! それを、くだらない理由で裏切るというのか!」

「では、逆にお尋ねしますが、いくら陛下からの依頼とはいえ、なぜウィルフレッドを派閥に加えたのですか? 兄上が王位継承争いで優位に立ちたいのであれば、これは悪手です。何より、あの者こそマーガレット妃殿下が最も忌み嫌っている王子ではないですか」


 まあ、そんなことはいちいち尋ねなくても、エイバル王と裏取引をしているからに違いないだろうけど。

 だからといって、あのマーガレットがウィルフレッドを右腕にえることを、良しとするはずがない。


 誰よりも愛人であるサマンサを憎んでいる、あの女が。


「そもそも、妃殿下はそのことをご存知なのですか?」

「……母上には、後で説明するつもりだった」

「これでは話になりませんね。いずれにせよ、ウィルフレッドが派閥にいる以上、兄上にくみするつもりはありません。……いえ、違いますね。ウィルフレッドを一度でも受け入れた兄上には、今後も協力できません」

「っ! 貴様ッッッ!」


 さすがに『無能の悪童王子』に三下り半を突きつけられては、そのプライドをこれ以上ないほど傷つけられたことだろう。

 カーディスは勢いよく立ち上がり、烈火のごとくいかっている。


 さて……僕も僕で、言いたいことは言った。これ以上ここにいる必要もないだろう。


「君には醜い兄弟喧嘩を見せてしまい、申し訳ありません。行きましょう」

「はい」


 深々とお辞儀をして手を差し出す僕の手に、サンドラがそっと小さな手を添えてくれた。

 おずおずと彼女の様子をうかがうと……あはは、ついさっきまでとは違い、いつも僕に向けてくれる柔らかい表情に戻っていたよ。


「待て! この私を無視するのか!」


 カーディスが何か叫んでいるようだけど、知ったことじゃない。

 僕達は席を立つと、今もなお叫んでいるカーディスを置き去りにして、部屋を出た……んだけど。


「やあ」


 えー……なんでラファエルが、部屋の前で待ち構えているの?


「そ、そのー……」

「ああ。侍女から、ハロルドがすごい剣幕の兄上に呼び出されたと聞いてね。ちょっと様子を見に来たんだよ」


 見ると、先程の侍女がラファエルの後ろに控えている。

 ただ、心配そうな表情でこちらを見ていたので、ひょっとしたら、僕達のためにラファエルを呼びに行ってくれたのかな。


「それで……兄上の用件は、何だったのかな?」


 母親である第二王妃譲りのエメラルドの瞳で見つめるラファエル。

 その表情はにこやかで、知らない者ならついつい心を開いてしまいそうになるだろう。僕は絶対にほだされないけど。


 その時。


「……なるほど、そういうことか」


 背後から聞こえる、腹の底に響くような低い声。

 もちろん、僕を追って部屋から出てきたカーディスのものだ。


「ハロルド。貴様は実の兄であるこの私を裏切り、ラファエルと手を結ぶというのだな? これまでの恩を忘れて」

「あー……そういうことね」


 今の一言で色々と察したラファエルが、興味深そうに僕とカーディスを交互に見る。

 だけど、ちょっと悪い顔をしているなあ……。


 それは置いといて、『裏切り』っていうのは心外だな。

 そもそも、最初に僕のことを無視して勝手にウィルフレッドを派閥に引き込んだのは、カーディスのほうなのに。


「ハア……行きましょう、サンドラ。これ以上付き合いきれません」

「ふふ、そうですね」


 溜息を吐く僕の心をいやすかのように、僕の婚約者が最高の微笑みを見せてくれた。

 おかげで、カーディスの精神攻撃によって失われた僕のHPが全回復しましたとも。


「貴様がそのつもりなら、こちらにも考えがある! このままで済むと思うな!」


 このままで済まないって、一体何をやらかすつもりだろう?

 いずれにしても、今さら落ちる評価もないし、僕は第三王子の座を捨ててシュヴァリエ家に婿入りする気満々だし、どうでもいいんだけど。


 ということで、僕達はカーディスを置き去りにして、部屋へと戻る途中。


「ハロルド。せっかくだから、兄上の言葉どおりに僕と手を結ぶ気はないかい?」


 ……ラファエルから、派閥の勧誘を正式に受けちゃったよ。

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